2014年08月28日

◆ Michel de Montaigne

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■ Certes, c’est un sujet merveilleusement vain, divers et ondoyant, que l’homme.

  ほんとに、人間とは驚くほど、空しく、かわりやすく、動いてやまぬ代物だ。


  ── Michel de Montaigne, Essais, Livre I : Chapitre 1


 ミシェル・エイケム・ド・モンテーニュ Michel Eyquem de Montaigne の 『 エセー Essais 』 における人間観を要約してみれば、この一文にきわまるのではなかろうか。『 エセー 』 第 1 巻第 1 章 「 人は、種々の方法によって同じ結果にたどりつく Par Divers Moyens On Arrive à Pareille Fin 」 の初めの方に出てくる。モンテーニュの時代はまず、世界観の重要な変革期で、古代・中世のコスモス ( 宇宙 ) 像がくずれはじめ、目ざめた個人が不安な歩みを開始しだしていた。「 モンテーニュは、最初の近代人であった 」 ( Georges Poulet )。加えて、宗教戦争にゆれさわぐ激動期、戦争、陰謀、ペスト禍、死はふだんに身近にみられた。敬愛する若い友 ラ・ボエシ Étienne de La Boétie (1530-63) の死、相次いでの父の死 (1568) ののち、故郷サン・ミシェル・ド・モンテーニュの城館の一隅の塔に閉じこもった彼は、読書と沈思の日々を送る。古代の書物から学んだ人間の生き方の種々相からも、近くで観察する各階層の人びとの転変のさまからも、彼は、人間存在の不安定、普遍的なモラルの欠如を見抜いて行く。そのなかで、したたかに、流転変化の人の世のうつろいをじっと見つめて、自分ひとりの判断力にかけてこれを 「 試し 」 (「 エセー 」 の意味 )、正直に、率直に自分の意見を述べる、まれな一個の精神が光る。



■ Qui apprendrait les hommes à mourir, leur apprendrait à vivre.

  人に死ぬことを教えるのは、生きることを教えることになるだろう。


  ── Montaigne, Essais, I : 20


 『 エセー 』 第 1 巻第 20 章は、「 哲学を学ぶのは、死を学ぶことである Que Philosopher, C'Est Apprendre à Mourir 」 と題される。モンテーニュはある意味で、近しい人びとのあい次ぐ死を見て、人生最後のこの重大事に対していかに処するかを学ぶため、隠遁して、『 エセー 』 を書き始めたのだともみなしうる。人生を生きることは、彼にとって、「 死の練習、死の予めの表象 apprentissage et ressemblance de la mort 」 につきた。モンテーニュは、死を考えぬことを逃避とみなし、むしろ、足をしっかり踏まえ、真正面から死を見すえることを説く。「 死をあらかじめ考えることは、自由を求めることである La préméditation de la mort est préméditation de la liberté. 」 という。たえず死を思い浮かべることで死に慣れ、いつでも出発できるようにしておくことが、死の隷従から離れて、人生を自由に、悠々と生きることにつながる ──

  Il faut estre tousjours boté et prest à partir.

  いつでも靴をはいて、出かける用意をしていなくてはならない。


  Si vous avez faict vostre proufit de la vie, vous en estes repeu, allez vous en satisfaict.

  もし生きてよかったと思っているなら、もう楽しみは得たのだ。満足して出て行こう。


  Faites place aux autres, comme d’autres vous l’ont faites.

  他人に席を譲ろう、他人も譲ってくれたのだから。


 このほか、『 エセー 』 のこの章には、死を迎えるべき人間の心構えが、じゅんじゅんと説かれていて、ことに胸にひびく。さいわいな死を、ひいては、さいわいな生を、モンテーニュは僕らに教えてやまぬ ──

  La vie n’est de soy ny bien ny mal : c’est la place du bien et du mal selon que vous la leur faictes.

  人生にはそれ自体、幸福でも、不幸でもない。あなたの用い方しだいで、幸福の場所にも、不幸の場所にもなる。


── この章が初めて書かれたのは、1572 年のこと。

  Mon métier et mon art, c’est vivre.

  私の専門、私の巧みは、生きることである。  ( II : 6 )



■ Plutost la teste bien faicte que bien pleine

  いっぱい詰まった頭よりもむしろ、よくできた頭を


  ── Montaigne, Essais, I : 26


 モンテーニュの教育論。ギュルソン伯爵夫人ディアーヌ・ド・フォアの求めに応じて、まもなく生まれるはずの夫人の子の教育の手引きとして書き送ったもの。夫人は、モンテーニュとは若い頃からの知己だった。1580 年頃の作か ? 当然、貴族のための教育論であるわけだが、その貴族とは、単に家柄や血統による上流階級に属するというだけでなく、人品ともにかねそなえた、すぐれた教養人 ── 精神の貴族をさすと受けとるべきであろう。それが、当代の<ジャンチョム gentilhomme >であり、次の時代の<オネトム honnête homme >であった。そこで、彼は、書物によって余計な知識をつめこむよりも、物事の正しい判断ができ、真に徳行のほまれ高い人物に育てることこそが、教育の中心だと、はっきり見定めていた。教師を選ぶときにも 「 知識よりは、品性と良識の方を 」 望むという。子どもには、注入されたことをくりかえすだけでなく、自分の作り上げたものだけを外にあらわさなくてはならない ──

  Qui suit un autre, il ne suit rien. Il ne trouve rien.

  他に従うものは、何にも従っていない。何も見い出さない。 ( I : 25 )


■ Soyez résolus de ne servir plus.

  もう他人に屈従しないと決心せよ。


  Soyez résolus de ne servir plus, et vous serez libres.

  もう他人に屈従しないと決心せよ、さすればあなたがたは自由になれるのだ。


  La première raison de la servitude, c’est la coutume.

  屈従が起こる第一の理由は、慣習である。



  ── Étienne de La Boétie, Discours de la servitude volontaire (1549)


 自分のよき助言者であったとして、モンテーニュが惜しみのない賛辞をおくっているエティエンヌ・ド・ラ・ボエシは、強固な意志の持ち主であった。彼の名を後世に留めることになった作品が、『 自ら屈従することについて 』 であった。


■ Il ne réspondit pas: « d'Athènes », mais: « Du monde ».

  「 アテネの者 」 とではなく、「 世界の者 」 と答えた。


  ── Montaigne, Essais, I : 26


  ≪ Il se tire une merveilleuse clarté, pour le jugement humain, de la fréquentation du monde. Nous sommes tous contraints et amoncellez en nous, et avons la veuë racourcie à la longueur de nostre nez. On demandoit à Socrates d’où il estoit. Il ne réspondit pas : « d'Athènes », mais: « Du monde ». ≫

  「 人間の判断は、世間とよく交わることから、驚くべき明察力が出てくるのです。私たちはみな、自分のなかに押しこめられています。視界は、せいぜい鼻の長さより向こうへはのびません。ある人がソクラテスに、「 どこの者か 」 と問うたところ、『 アテネの者 』 とではなく、『 世界の者 』 と答えたそうです。 」


 モンテーニュの<開かれた心>がよくうかがわれる。足もとばかりを見ないで、広い大きな世界に目配りを及ぼすこと、また、歴史を学んで、過去の多くの業績から、さまざまなことを教えられてくること。そうすれば、人間は小さなことに一喜一憂せずに、おおらかな心で、落ちついた判断ができるようになる。モンテーニュは、こうしてみると早くからまことの 「 国際人 」 であった。III : 6 にも ──

  J’estime tous les hommes mes compatriotes, et embrasse un Polonais comme un Français, [ ... ]

  私は、世界中のすべての人々を同国人のように思う。ポーランド人をもフランス人と同じように抱きしめる


■ Peusse-je ne me servir que de ceux qui servent aux hales à Paris ?

  できるなら、パリの市場で使われる言葉だけを使いたいものだ。


  ── Montaigne, Essais, I : 26


 モンテーニュは、ことさらに人目を引こうとして、特別に風変わりな、目立った服装をすることを 「 小胆さ pusillanimité 」 として排したが、言葉遣いの上でも同じことで、「 ことさらに新奇な言いまわしや聞き慣れぬ単語を使おうとするのは、子どもじみた、学問を鼻にかける、野心からくる 」 として強く批判した。彼にとって、いちばん心にかなう言葉使いとは、「 単純で、作為のないもの 」 であった。パスカルもまた、モンテーニュの忠実な弟子として、自然な、気どりのない、人の心によくしみ入る、言語の用い方に心をくだいた ──

  Ce n'est pas dans Montaigne mais dans moi que je trouve tout ce que j'y vois.

  わたしは、モンテーニュのなかに見てとるすべてのものを、モンテーニュのなかにではなく、わたし自身のなかに見出す。


  ── Pascal, Pensées, L.689, B.64.


 パスカルの 『 パンセ 』 は、モンテーニュ 『 エセー 』 の部分的な再現であるといわれる。かれはそこまで、モンテーニュに親しみ、『 エセー 』 から多くの例話、表現、思想のヒントを得てきた。何よりその文体が親愛感にあふれ、心のしみ入り、もっとも記憶に残りやすいものであったこと、そしてモンテーニュがその人間的な語りによって、世のだれにも共感できる等身大の、平俗であってしかも有益な考察をつらね、またと得がたい思索の糸口を与えてくれることを、深く悟っていったのであった。モンテーニュのディスクールの汎人間性、それゆえの無名性、共有性をたたえつつ、当然、パスカルもこのスタイルを学びとって、自己の 『 パンセ 』 執筆に応用しようとした。

■ L : ラフュマ ( Louis Lafuma ) 版の番号
■ B : ブランシュヴィック ( Leon Brunschvicg ) 版の番号


■ ≪ Par ce que c’estoit luy ; par ce que c’estoit moy. ≫

  「 それは彼であったから ── それは私であったから。 」


  ── Montaigne, Essais, I : 28


 『 エセー 』 第 1 巻第 28 章 「 友情について De l'Amitié 」 のなかに出てくる有名な一句。一読して印象に残る、みごとにも美しい対句。モンテーニュに言わせれば、友情は、単に偶然の出会いによって結ばれた親交ではなく、互いの 「 魂が入りまじり、ひとつに溶け合い、完全に一体となったもので、もはやふたつを結びつけた継ぎ目も消え、みとめられなくなっている 」 ほどのものなのであった。これはまさしく、異性間の愛情にも似て、情熱的なまでに燃え上がった心熱の様相というべきで、もちろん、対象は、ボルドー高等法院時代に知り合った高潔のひとラ・ボエシであり、彼のいない日々は、ただ暗くわびしい夜にすぎず、自分はただ、煙のごとく弱々しく永らえているにすぎない ──

  Si on me presse de dire pourquoy je l’aymois, je sens que cela ne se peut exprimer, qu’en réspondant : ≪ Par ce que c’estoit luy ; par ce que c’estoit moy. ≫

  [ Si on me presse de dire pourquoi je l’aimais, je sens que cela ne peut s’exprimer qu'en répondant : ≪ Par ce que c’était lui ; par ce que c’était moi. ≫ ]

  もし人が、なぜおまえは彼を愛するのかと問いつめてくるならば、ただ 『 それは彼であったから ── それは私であったから 』 と答えるほかに、言いようがないと感じる。


 ── この友情への讃歌こそは、まさに悲痛にも美しい !


■ Il trouve plus de difference de tel homme à tel homme que de tel animal à tel homme.

  人間と人間との違いは、人間と動物との違いよりも大きい。


  ── Montaigne, Essais, II : 12 


 『 エセー 』 第 2 巻第 12 章は、全巻のなかでもっとも長い 「 レーモン・スボンの弁護 Apologie de Raimond Sebond 」。モンテーニュは、若い頃 ( 1650 年頃 ) 父から命じられて、15 世紀の神学者レーモン・スボンの著 『 自然神学 Theologia naturalis 』 をラテン語からフランス語に翻訳、1669 年パリで刊行した。この著は、全 6 部 330 章から成り、「 キリスト教のあらゆる信仰個条を、人間的自然的理由によって証明しようとするもの 」 であった。スボンのこうした大胆な試みに対しては、いくつもの非難が向けられてきたが、モンテーニュはこの方法の正しさを主張し、ただ 「 人間的武器のみをもってたたかう 」 ことをスボンに代わって、── あるいは、いくらかスボンをもはみ出して、やりとげようとした。それがこの章の内容。まず、大宇宙のなかの人間のはかなさ、人間は見方によっては動物にも劣る存在であることなどを、さまざまな豊富な実例、イメージにみちた表現を用いて論じつくす ──

  Quand je me jouë à ma chatte, qui sçait, si elle passe son temps de moy plus que je ne fay d’elle ?

  私が猫と遊んでいるとき、ひょっとすると猫のほうが、私を相手に暇つぶしをしているのではなかろうか ?

 このあと、種々の動物が、人間より以上の能力をもち、知恵もあることが示される。また、同じ人間でも、遠い国に住む見知らぬ人たちは、全然違う言葉を話し、服装や風習もまったく異なる。絶対的な基準なんてどこにもないのである、と人間の思い上がりをたたき、すべての価値の相対性をあばいてみせる、モンテーニュの護教論(ごきょうろん)の一節。『 パンセ 』 のパスカル ── 「 神なき人間の悲惨 」 を色濃く描いたパスカルは、とくにこの第 12 章から大きな影響を受けた。


■ Les terres fertiles font les esprits infertiles.

  大地がみのり豊かなところでは、精神のみのりは乏しくなる。


  ── Montaigne, Essais, II : 12


 モンテーニュ流のアイロニーがこめられた一句。この章で、彼は、人間の精神の働きがつねに外的な動機によって左右されることをつき、さまざまな例をあげて、その<弱さ>を感じさせようと心を砕いた。むろんそれは、人間の高慢をおとしめ、人間が自分の愚かさに目覚めるように仕向けようとする、スボン = モンテーニュの護教論の筋道に立ってのことだが、この箴言には一般にも通じる真実がこもる。まことに、精神は外的な安逸によって眠りこむ ──

  Le mal est à l’homme bien à son tour.

  苦痛がときに、人間にさいわいとなる。


  Nous voyons combien proprement s’avient la folie avecq les plus vigoureuses operation de nostre ame.

  狂気が、人間の精神のもっとも強力な働きといかに密接に結びついているかがわかる。


  
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■ Que sçay-je ? [ Que sais-je ? ]

  われ、何をか知る ?


  ── Montaigne, Essais, II : 12


 モンテーニュは、自分の書斎にしていた、屋敷内の塔の 3 階の一室の天上に 57 の銘文を書きつけていた。ギリシア語、ラテン語の句が多く、聖書からの 19 句を別にすれば、ギリシアの懐疑論哲学者セクストゥス・エンピリクス Σέξτος ο Εμπειρικός のものが 9 句でいちばん多く、そのなかに 「 私は判断を停止する έπέχω 」 の一句がある。

 また、モンテーニュは、同じギリシアの哲学者ピュロン Πύρρων の説にも共鳴していたらしく、この 「 レーモン・スボンの弁護 」 において紹介している。かれらは一般概念を言葉にできぬジレンマにおちいっている。たとえば、「 私は疑う 」 と言ったとき、少なくとも疑うということ自体は確信していることになり、かれらの説は成立しなくなる。そこで、「 ≪ われ、何をか知る ? ≫ という疑問の形にした方が、もっとその思想がはっきりいいあらわせる 」 と。

 パスカルは、モンテーニュもまた 「 ピュロン派である 」 とし ( 『 サシとの対話 Entretien de M. Pascal et de M. de Sacy, sur la lecture d’Épictète et de Montaigne 』 )、この疑問形を銘句にしたのも、人びとがもっとも確かであるとみなしていることをすべて砕き去ることをねらったのだと解釈する ──

 「 モンテーニュは、信仰なしに真の義を有すると誇っている人々の傲慢をうち砕き、自分の見方に固執して、学問のなかにこそ不動の真理が見出されると信じている人々を迷いからさまし、理性がじつにわずかな光しか持たず、錯乱状態にあることを十分納得させるのに、比類のないものです 」。

 さめた精神の人モンテーニュは、この世の空しさを見すえ、世の哲学者の所説の相互矛盾を見抜いた上で、自分のこのような判断の姿勢を身につけたのであろうか ? それは、流動する現実とともに柔軟に動くことで、思考をひとつの座に固定せしめず、変化する状況に応じて自己の地位を定めてゆくあり方とも通じよう。



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■ Je suivray le bon party jusques au feu, mais exclusivement si je puis.

  私は、正しい者の側には、火刑台までついて行こう。だが、できるなら、火あぶりはごめんこうむりたい。


  ── Montaigne, Essais, III : 1


 『 エセー 』 第 3 巻第 1 章 「 益のあることと、正しいこと De l’utile et de l’honnête 」 から。モンテーニュらしい、人間味をありのままに見せた、真正直な言い分。なにしろ、宗教戦争に明け暮れた、けわしい、厳しい時代であった。味方でなければ、敵とみなされた。正しい方にくみしながら、あくまで中庸 moderation を守ろうとしたかれ ── 正統派カトリックとしてとどまりつつも新教徒のなかに友人を持ち、両派の和解に力を尽くしたかれ ── は、「 ギベリン党からはゲルフ党、ゲルフ党からはギベリン党 Au gibelin j'étais guelphe ; au guelphe gibelin 」 ( III : 12 ) とみなされた。しかし、かれは、はっきりと言う。「 怒りと憎悪は、正義のなすべき義務をこえる 」 「 正しく公正な意図は、すべてもともと平静で、穏健なものなのだ 」 と。そして必要とあらば、一本のローソクを聖ミカエルさまにも、他の 1 本を、その相手の蛇にもささげると、あえて言い放つ。


■ La vieillesse nous attache plus de rides en esprit qu'au visage.

  老いは、私たちの顔よりも心に多くのしわをきざむ。


  ── Montaigne, Essais, III : 2


 「 後悔について Du repentir 」 の章に出てくる。「 私は、老年につきものの後悔を憎む Je hay cet accidental repentir que l'aage apporte 」 と、モンテーニュは言う。若いときの力が弱まって、何ごとでも飽き足りてしまう結果であった。また、老年は、気むずかしさ、自尊心、おしゃべり、金銭欲 ...... など、さまざまな悪徳をもたらす。「 年老いても、すっぱい、かびくさい匂いのしない心 âmes [ ... ] qui en vieillissant ne sentent à l'aigre et au moisi 」 はなんと稀であろう。「 人間は、成長に向っても、衰退に向かっても、完全に進む L'homme marche entier vers son croist et vers son décroist. 」。



■ Le monde n’est qu’une branloire perenne.

  この世は、いつまでも揺れるブランコにすぎない。


  ── Montaigne, Essais, III : 2


■ Tout ce qui blanle ne tombe pas.

  揺れ動くものが必ずしも倒れるとはかぎらない。


  ── Montaigne, Essais, III : 9



 『 エセー 』 第 3 巻第 2 章 「 後悔について Du repentir 」、第 3 巻第 9 章 「 空しさについて De la vanité 」 に出てくる。地上の王国も、混乱状態にあるときが最悪とはかぎらない。初期のローマ帝国には、どんな政治の形態もなく、乱れに乱れていた。それでも、ローマは保持された。この国は、「 もっとも病気だったときほどに健康だったことはない [ ... ] ne fut jamais si sain que quand il fut le plus malade. 」。人間もまた、同じである。モンテーニュの自己は、「 生まれながらに酔っぱらっていて、もうろうと、よろめきながら歩いている 」。変幻自在に、したたかに、やわらかく生きる。人生そままに、世界と同じに ──

  Je ne peints pas l’estre. Je peints le passage.

  わたしは、存在を描かない。移りゆくさまを描く。



■ Nul a esté prophete non seulement en sa maison, mais en son païs.

  なんぴとも、自分の家においてだけでなく、自分の国においても預言者ではない。


  ── Montaigne, Essais, III : 2


 モンテーニュの 『 エセー 』 は、正直一途の書物であると自己宣言する。著者は、ありのままに、飾らぬ人間、ミシェル・ド・モンテーニュを衆目にさらす。どんな立派な人、世の中でもてはやされている人でも、妻や召使いから見ると、ただの人間、なにも賞賛にあたいするところのない人間だということが多い。この句は、聖書の有名な一句 ( マタイ 13 : 57 ) [ 57 Et scandalizabantur in eo. Iesus autem dixit eis: “ Non est propheta sine honore nisi in patria et in domo sua ”. こうして人々はイエスにつまずいた。しかし、イエスは言われた、「 預言者は、自分の郷里や自分の家以外では、どこででも敬われないことはない 」。 ] のもじりだが、歴史上の実例にとどまらず、「 つまらぬ事柄においても同じ 」 こと ──

 Sa [ de l'ame ] grandeur ne s'exerce pas en la grandeur, c'est en la mediocrité.

 精神的な偉大さは、偉大さにおいてでなく、平凡さにおいて発揮される。



■ Est il rien certain, resolu, desdeigneux, contemplatif, grave, serieux, comme l’asne ?

  ロバほどに、自信家で、頑固で、横柄で、考え深げで、謹厳で、勿体ぶったものがあろうか ?



  ── Montaigne, Essais, III : 8


 『 エセー 』 第 3 巻第 8 章 「 話し合いの術(すべ)について De l’art de conférer 」 に出てくる、痛烈な皮肉のこもった一句。「 ロバ asne, âne 」 はむろん、西欧語では 「 無知な、愚か者 」 のシンボルだが、この意味が出てきた起源は定かではない。ルネサンス期の芸術は、修道士の霊的な弱さ、無能力、頑迷さ ...... などを、ロバの特徴として描いた。モンテーニュは、単なる無知蒙昧のバカ者としてのロバではなくて、ふくれあがり、うぬぼれきって、他人を見くだす 「 無能力な連中 」 のことを、「 ロバ野郎 」 としてうちたたく ──

  L’obstination et ardeur d’opinion est la plis seule preuve de bestise. Est il rien certain, resolu, desdeigneux, contemplatif, grave, serieux, comme l’asne ?

  自説に固執し、熱狂するのは、暗愚のいちばん確かな証拠である。ロバほどに、自信家で、頑固で、横柄で、考え深げで、謹厳で、勿体ぶったものがあるだろうか ?



■ Je sçay bien ce que je fuis, mais non pas ce que je cerche.

  私は、自分が何を避けているかはよく知っているが、何を求めているかは、知らない。


  ── Montaigne, Essais, III : 9


 『 エセー 』 第 3 巻第 8 章 「 空しさについて De la vanité 」。ここではモンテーニュはそれこそ、思いつきのままに、自分の健康について、家事について、人生について、死について、自在に語っているとみえる。しかし、その話の筋道によく聞き入ってみると、悲惨さと空しさのかたまりみたいな自己自身から目をそらして、まわりのさまざまなものに目をこらしてみる<楽しみ>をすすめているようだ。この一句は、自分がなぜ旅行をするのかと訊ねられたときに、いつもする答えとしてあげられているもの。自然は、人間を何ものにも束縛されぬ、自由なものとして、生み出したのに、人間は勝手に自分をある特定の場所にしばりつけている。

 モンテーニュは、「 精神にたえず、多くの異なった生活、思想、習慣を見せる 」 ことが、人間の生を形作るのだという。「 人間性がふだんに変化することを味わい知らせること faire gouster une si perpetuelle variété de formes de nostre nature. 」 も。「 生々流転 」、それを文字どおりに生きようとしたモンテーニュは、まことの自由人だった。この一句のあとで、かれがパリをたたえ、パリを愛する言葉をつらねている部分は限りなく美しい。



■ O que c'est un doux et mol chevet, et sain, que l'ignorance et l'incuriosité, à reposer une teste bien faicte !

  おお ! 何も知らず、余計な好奇心を持たぬのは、よくできた頭を休めるのに、なんとやわらかく、心地よい、健康な枕であることか !


  ── Montaigne, Essais, III : 13



 『 エセー 』 最終章は、「 経験について De l’experience 」 と題される。ここで、モンテーニュは、自分自身だけを研究対象とするとして、「 私は ... 私は ... 」 と、ひたすらわが身のあり方を検証し、吟味し、「 試み essai 」 にかけて行くが、その初めに、「 私は、無知と無頓着のままに ignoramment et negligemment 、世界の全体の法則のままに、わが身をゆだねる 」 と宣言し、哲学の探求のごときは、ただ、私たちの好奇心を養うだけの役にしか立たぬと言う ──

  Comme elle nous a fourni de pieds à marcher, aussi a elle de prudence à nous guider en la vie; prudence, non tant ingenieuse, robuste et pompeuse comme celle de leur invention, mais à l'advenant facile et salutaire, et qui faict tres-bien ce que l'autre dict, en celuy qui a l'heur de sçavoir s'employer naïvement et ordonnéement, c'est à dire naturellement. Le plus simplement se commettre à nature, c'est s'y commettre le plus sagement. O que c'est un doux et mol chevet, et sain, que l'ignorance et l'incuriosité, à reposer une teste bien faicte.

  自然は、私たちに歩くための足を与えてくれたように、人生を歩んでいくための知恵 prudence を与えてくれた。知恵といっても、哲学者の考え出したような、巧妙で、頑丈で、大げさなものでなく、分相応の、平明で、健全な知恵である [ ... ] 、なによりも素直に自然に身をゆだねることが、もっとも賢明な身のゆだね方である。おお ! 何も知らず、余計な好奇心を持たぬのは、よくできた頭を休めるのに、なんとやわらかく、心地よい、健康な枕であることか !


■ Si, avons nous beau monter sur des eschasses, car sur des eschasses encores faut-il marcher de nos jambes. Et au plus eslevé throne du monde, si ne sommes nous assis, que sus nostre cul.

  竹馬に乗っても、なにもならぬのだ。竹馬に乗っても、歩くのは自分の足だからだ。また、世界中でいちばん高い玉座にのぼったとしても、やはり自分の尻の上にすわっていることにかわりない


  ── Montaigne, Essais, III : 13


 人生の種々相をつぶさに観察し、古今にわたって人間の生態のさまざまなありようを、実人生において、書物において、正直に自己の判断にかけて研究吟味してきた末、モンテーニュがたどりついた結論は、人間はついに人間の分際から脱け出すことはできないということであった。人びとは、自分からぬけ出し、人間から逃げ出そうとする。高く舞い上がろうとして、下に落ちる ──

  Au lieu de transformer en anges, ils se transforment en bestes.

  天使になりかわろうとして、けだものになる。


── この命題は、パスカルも 『 パンセ 』 のなかで借用していた ( L. 121, B. 418 )。


 モンテーニュの書斎の天上には、テレンティウス Terentius のあの有名な一句も刻んであった ──

  Homo sum, humani a me nihil alienum puto.

  われは人間なり、されば、人間に関することひとつとしてわれに無縁ならざるはなし。


  ── Publius Terentius Afer, Heautontimorumenos [ ex Graeco Ἑαυτοντιμωρούμενος ] (163 a.C.n.)


 モンテーニュは、だから、哲学の諸説のなかでも、もっとも堅実なものを、すなわち、「 もっとも人間的で、私たち自身のもの les plus humaines et nostres 」 を、心にかなうものとして受け入れるという。神が与えられたこの賜物は、 1 本の髪の毛にいたるまで尊重しなければならない ──

  C’est une absolue perfection, et comme divine, de sçavoyr jouyr loiallement de son estre.

  自分の存在を正しく享受することは、絶対的な完全、ほとんど神に近い完全である。


  Les plus belles vies sont, à mon gré, celles qui se rangent au modelle commun et humain, avec ordre, mais sans miracle et sans extravagance.

  もっとも美しい人生とは、私の考えでは、ふつうの、人間らしいモデルにかなった、秩序正しく、しかも奇蹟も異常さもない、人生である。


 ── 美しい言葉だ。


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  Nous sommes plaisants de nous reposer dans la société de nos semblables: misérables comme nous, impuissants comme nous, ils ne nous aideront pas; on mourra seul.

  おかしいものだ。わたしたちは、自分たちと同じ人間の交わりのなかでなら、のんびり呑気にしていられるのだから。かれらも、わたしたちと同じように悲惨な者であり、わたしたちと同じように無力な者なのに。かれらはわたしたちを助けてはくれないであろう ── 死ぬときはひとりだ。

  Il faut donc faire comme si on était seul. [ ... ]

  だから、人は、自分がひとりであるかのように行動しなければならない。


  ── Blaise Pascal, Pensées (1670) [ L.151, B.211 ]


 これは、恐ろしい言葉だ。たしか、日本の一遍上人の法語にも ──

  「 生ぜしも独りなり。死するも独りなり 」 とあった。

  [ 「 生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独り、さすれば、共にはつるなき故なり 」 ]

 すべての虚飾をひんむいてみれば、人間はみな、ひとりで、

  「 たらいから出て、たらいに帰る 」 ( 一茶 ) のであった。







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2014年08月26日

◆ 美 知

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■ Triple Spiral Productions: A Traditional French Waltz " Plaisir d'Amour "
■ http://youtu.be/EVDxPrRzZ48



   Plaisir d'amour ne dure qu'un moment,
   Chagrin d'amour dure toute la vie.


   恋のよろこび 転(うたた)つかのま、
   恋の苦しみ 果つればこそ。


   ── Jean-Pierre Claris de Florian, Célestine (1784)



 コラ・ヴォーケル ( Cora Vaucaire ) のシャンソンで知られるこの小唄を作詞・作曲したフロリアンは、ヴォルテールにも可愛がられた早熟な才能で、短命な生涯のうちに優美な戯曲、短編小説、『 寓話集 Fables 』 (1792) で当時の世間を魅了した。

 その 『 寓話集 』 Livre IV から、ジュリアン・グリーン ( Julien Green ) が、自伝のタイトル « Partir avant le jour » (1963) にも用いた美しい一篇 ──



               旅 Le Voyage



   Partir avant le jour, à tâtons, sans voir goutte,
   Sans songer seulement à demander sa route ;
   Aller de chute en chute, et, se traînant ainsi,
   Faire un tiers du chemin jusqu'à près de midi ;

   [ ... ]

   夜明け前に出発、手探りで、一寸先も見えず、
   道を問うことさえ知らず、
   こけつまろびつ、這いすすみ、
   道のり三分の一にしてはや真昼、


   Courir, en essuyant orages sur orages,
   Vers un but incertain où l'on n'arrive pas ;

   [ ... ]

   うちつづく嵐を駆け抜け、
   たどり着くあても定めもなき目的めざし ──


   Arriver haletant, se coucher, s'endormir :
   On appelle cela naître, vivre et mourir !
   [ ... ]

   息を切らせて着き、床に臥し、眠りにつく :
   人それを、生まれ、生き、死ぬと言う !



 『 古事記 』 や 『 日本書紀 』 をひもとくと、その頃の人びとは道に 「 美知 」 の字をあてているが、単なる思いつきではあるまい。美しいものを知る、あるいは知ることは美しい、どちらに解してもいいが、おそらく古代人が<みち>というとき、それは字引に書いてあるような道ではなかったに違いない。念のため記しておくと、字引にはこう書いてある ──

 「 ある地点から他の地点へ人や物の通行する所 」。

 あくまでも、<みち>は歩く所であり、踏みしめるもの。木立のなかを縫って山道を登るとき、一木一草にもいぶきを感じ、路傍の石にも肌のぬくもりが残っていると思うのは、ぼくだけではないだろう。<みち>には人間の生活の刻印がある。<みち>にはどんな道でも、人びとの苦労がともなっている。おろそかに歩けない心地がする。ぼくが大道より小道を好むのも、人間が身近に感じられるからで、特に峠の道には旅情がただよっている。

 芭蕉は近江の、逢坂山(おうさかやま)のあたりで ──

     山路来て何やら床(ゆか)しすみれ草

という句を得た。山本 健吉 氏の 『 芭蕉 』 によると、最初に句ができたのは 3 月下旬の頃で、それから約 2 ヶ月を経て改作されたものらしい。旧の五月にはもう菫(スミレ)は咲いていなかったであろうが、人気(ひとけ)のない逢坂山を、物思いにふけりつつ歩んでいるとき、ふと 「 山路来て 」 という詞(ことば)が浮かんだのではなかろうか。たとえそうでなくても、そういうことを想わせる<みち>は、すでにぼくらにとって、ひとつの歴史である。必然的にそれは人の道、芸の道につながってゆく ──

 無数にある漢字のなかから、古代の人びとが 「 美知 」 の字を選んだとき、彼らは予感していたに違いない。<美知>のなかから道徳が芽生え、宗教が形成されてゆくことを。やがて西行や世阿弥や芭蕉が生まれて来ることも ......

     この道や行く人なしに秋の暮

 日本の<みち>は、ついにひとりの人間をそんな遠くまで連れていってしまった。
 白々とした薄(すすき)の原を行く孤影は、寂しく、静かではあるが、決して暗くはない。その寂光の世界には何もかも見つくした人の、ほのぼのとした幸福感さえただよっているように見える。





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2014年08月25日

◆ Jean-Jacques Rousseau II.

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■ Je veux montrer à mes semblables un homme dans toute la vérité de la nature ; et cet homme, ce sera moi.

  私は同胞に一人の人間をまったく自然のままに示したい ── そしてその人間とは、私である。


  Je forme une entreprise qui n’eut jamais d’exemple, et dont l’exécution n’aura point d’imitateur. Je veux montrer à mes semblables un homme dans toute la vérité de la nature ; et cet homme, ce sera moi.

  私はこれまで一度も例がなく、今後もこれを模倣して実行するものがいないであろう試みをなす。私は同胞に一人の人間をまったく自然のままに示したい ── そしてその人間とは、私である。


── Jean-Jacques Rousseau, Les Confessions (1782) Livre I


 『 告白 』 冒頭の一句。「 告白 」 ( 懺悔 ) という表題はすでに中世のアウグスティヌス ( Aurelius Augustinus, Confessiones ) に例がある。ただルソーが 「 これまで一度も例がない 」 というのは、「 まったく自然の真実のままに(ありのままに) 」 という意識においてであり、おそらくその意識の核心をなすのは、捨て子の告白であろう。

 これまでもサン=シモンのように、貴族や軍人の歴史への証言としての回想録は多くあったが、一平民が、まったく自己を語るために書くというのは初めてのことであった。同時代人たちは一様にその 「 傲慢さ 」 を指摘した。模倣者がいないだろうという予言は見事にはずれた。ルソーの死後に 『 告白 』 が刊行されるや、続々と同じ試みがなされ、彼は知らずに 「 自伝 」 という一文学ジャンルおよびロマン主義的自己表白の開祖となる。

 見出しの二行は、「 私は 」 という語りの主語ではじまり、語りの対象である 「 私 」 moi でおわる文に、「 人間 」 「 真実 」 「 自然 」 というルソーの生涯の主題をなす語がはさまる緊密な構成になっている。このあと、「 Moi seul. Je sens mon cœur, et je connais les hommes. Je ne suis fait comme aucun de ceux que j’ai vus ; 私一人。私は自分の心を感じそして人間たちを知っている。私は自分の見てきた誰一人とも同じようには作られていない 」 という、自己の絶対的な独自性の認識が続く。


■ Je ne sais rien voir de ce que je vois ; je ne vois bien que ce que je me rappelle, et je n'ai de l'esprit que dans mes souvenirs.

  私は自分の眼にうつるものを何も見ることができない。思い出すものしか見えないのである。だから私は、思い出のなかにしか精神がはたらかない。


── Rousseau, Les Confessions (1782) Livre III


 サルトルの言う 「 過去志向型 passéiste 」 の特質をよく言い表している。このすこし前にこう書いている ──

 「 非常に激しい気質、いきいきした情念と、ゆっくり生まれ、おずおずとして、事後にしか現れない思想と。まるで私の心と精神は、同じ人間に属していないかのようだ。稲妻よりも速い感情がまず私の魂を一杯にするが、それは私を明るく照らすのではなく、私を燃やし、眩惑する。私はすべてを感じ、しかも何も見えないのだ。」

 また、見出しの句のあとはこう続く ──

 「 眼の前で人々が言うこと、すること、起こることについては、何も感じないし、なんの洞察もはたらかない。外的なしるしだけが注意を引く。だがそのあとで、それらすべてがよみがえってくる。私は場所、時、調子、視線、身ぶり、状況、何一つ見落とさない。そのときになって、人々がしたこと、言ったことから、何を考えていたかがわかる。そしてめったにまちがうことはない。」

 ここで 「 外的なしるし signe extérieur 」 といっているのは興味深い。記号は相互に関係づけられて解釈される。ルソーはこうして、対人関係において多くの人々の意図を 「 事後的に 」 解釈することで、彼らと訣別してきた。ここに解釈妄想型の病理を見るのはおそらく正しいだろう。だが、自伝とは、思い出のなかで精神を働かせ、それを構造化してテクストとして差し出すこと ── 「 私とは、このテクストだ 」 と。

 読者の作業は、この 「 記号 」 を解釈することにある。


■ J'espère qu'un jour on jugera de ce que je fus par ce que j'ai su souffrir.

  いつの日か人々が、私が苦しんだことによって、私がどんな人間であったかを判断してくれるように望みます。


── Rousseau, Lettre à M. de Saint-Germain, 26 Février 1770.


 ルソーの晩年の迫害妄想をもっとも色濃く表出していることで有名な長文の手紙の一句。自分を取り囲む陰謀の存在を信じ、その人々への非難と自己弁護にみちみちたこの手紙は、読む者を暗澹とした気持ちにさせる。しかし、『 不平等起源論 』 以来、ルソーの人間論の核心が 「 自己愛 」 と 「 憐れみ(共苦) 」 であったことを考えれば、やはりこの一句は、彼がぎりぎりのところから発した人類へのメッセージだと思える。



■ Un de vos philosophes modernes se disait l'amant de la nature ; eh bien, mon ami, je m'en déclare le bourreau.

  君たちの現代哲学者の一人は自然の友と称していた。で、友よ、私は自然の処刑人だと宣言する。


── Marquis de Sade, La Nouvelle Justine (1797)


 ルソーが愛した自然は、その彼方に神を観照することのできる柔和な自然であった。サドにとっては神は存在せず、自然の別名にすぎない。しかもそれは凶々しい力であった。人間はそれから生まれ、みずからの悪そのものによってそれに反逆し超越しようとする。だが彼はその超越が不可能であることも知っていた ──

  L'impossibilité d'outrager la nature est, selon moi, le plus grand supplice de l'homme.

  自然に背くことの不可能性が、私の見るところ、人間の最大の責め苦だ。 ( 同書 )
  



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2014年08月20日

◆ Jean-Jacques Rousseau

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■ Rentrer en soi 自 分 自 身 の 内 に 帰 る こ と



  C’est un grand et beau spectacle de voir l’homme sortir en quelque manière du néant par ses propres efforts ; dissiper, par les lumières de sa raison les ténèbres dans lesquelles la nature l’avait enveloppé ; s’élever au-dessus de lui-même ; s’élancer par l’esprit jusque dans les régions célestes ; parcourir à pas de géant, ainsi que le soleil, la vaste étendue de l’Univers ; et, ce qui est encore plus grand et plus difficile, rentrer en soi pour y étudier l’homme et connaître sa nature, ses devoirs et sa fin.

  人間がみずからの努力でいわば虚無から抜け出し、自然が彼を包みこんだ闇をみずから理性の光によって払いのけ、自己自身を超越し、精神によって天界にまで飛翔し、巨人の足どりで広大な宇宙空間を太陽のように駆けめぐり、そして、さらに偉大で困難なことだが、自分自身の内に立ち帰って人間を研究し、その本性、義務、目的を認識するのを見るのは壮大で美しい風景である。



── Jean-Jacques Rousseau, Discours sur les sciences et les arts, I (1750)



 37 歳でまだ無名のルソーが、1750 年のディジョン・アカデミー [ l’Académie de Dijon ] の懸賞課題 「 学問と芸術の復興は習俗の純化に寄与したか ≪ Si le rétablissement des sciences et des arts a contribué à épurer les mœurs ≫ 」 に、否定の答をもって応募、1 等をとり、一躍ヨーロッパ的名声を獲得した論文の書き出し。

 ヴォルテールとは対照的な重厚で華麗な文体が彼の出発を告げる。内容的にも、まず理性の光明によって高く広く人間を拡大させる啓蒙主義の運動を讃えながら、それ以上に重要なこととして人間自身の探求をおいている。理性の拡大と人倫の追求、ルソーの影響を強くうけたカント [ Immanuel Kant ] はのちにこれを純粋理性と実践理性という概念で壮大な思想を作り上げることになる。実際、『 実践理性批判 Kritik der praktischen Vernunft 』 (1788) の有名な 「 わが上なる星の耀く空とわが内なる道徳律 » Der bestirnte Himmel über mir, und das moralische Gesetz in mir. « 」 ではじまる結論は、ルソーのこの書き出しの一句と驚くほど似ている。同じ思想は仏教にもあり、これを 「 往相 」 と 「 還相 」 という。

 最初の一句からすでに生涯を貫く課題を掲げたものとして、記念さるべき一節。
 ただしここではまだ個人の内面への回帰は語られていない。そこにいたるのは、社会の告発者たる彼が、社会から身を引き離し、さらには社会から追求され、迫害妄想においやられてからのこと ...... 。



■ des guirlandes de fleurs ſur les chaînes de fer 鉄 鎖 を 飾 る 花 飾 り


  Tandis que le Gouvernement et les loix pourvoient à la ſûreté et au bien-être des hommes aſſemblés ; les Sciences, les Lettres et les Arts, moins deſpotiques et plus puiſſans peut-être, étendent des guirlandes de fleurs ſur les chaînes de fer dont ils ſont chargés, étouffent en eux le ſentiment de cette liberté originelle pour laquelle ils ſembloient être nés, leur font aimer leur eſclavage et en forment ce qu’on appelle des peuples policés.

  政府が法律が人間集団の安全と幸福に備えるのにたいして、より専制的ではないが、多分いっそう強力な学問、文芸、芸術は、人間集団を縛る鉄鎖を花飾りで飾りつけ、人間がそのために生まれてきたはずのあの本源的自由の感情を圧し殺し、みずからの隷従を好むようにさせ、それによっていわゆる文明化した民族を形成する。


── Rousseau, 『 学問芸術論 Discours sur les sciences et les arts 』 第 I 部


 見出しの句は 6 + 6 の 12 音節(アレクサンドラン)になっている。

 学問、文芸、芸術など、今日 「 文化 」 という名で総称されるものが、実は社会状態において本来的な自由を奪われた人間を、現状に馴れさせるためのいわば 「 イデオロギー装置 」 だという、根源的な告発。ヴォルテールを代表とする文明進歩の賛美の立場と鋭く対立する。注意すべきことは、批判の矛先が学問・芸術自体よりもむしろ社会そのものに向けられていること。

 テレビ、インターネット、スマートフォンなどは、いわば現代の 「 イデオロギー装置 」 ?

 ヴォルテールが奢侈(しゃし)を肯定するのに対し、貧困を体験しつくしたルソーにとって、奢侈が社会的不平等の産物であることは明白だった ──

 「 奢侈の発展が学問・芸術を伴わないことは稀であり、学問や芸術の発達が奢侈を伴わないことはけっしてない。」 ( 第 2 部 )


 『 学問芸術論 』 が刊行された 1750 年前後は啓蒙思想の大きな開花期で、それを支えたのは、モンテスキュー ( 『 法の精神 De l'Esprit des lois 』 は 48 年刊 ) やヴォルテールに続く第 2 世代で、その最大の事業がディドロ Denis Diderot とダランベール Jean Le Rond d'Alembert の編集による 『 百科全書 L'Encyclopédie ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers 』 刊行 ( 51 年第 1 巻 ) 。ルソーも友人関係から当初これに寄稿するが、『 百科全書 』 は知識・学問・技術の啓蒙・普及を通して社会の現状を批判し、よりよい社会への進歩を目指すものであり、ルソーの思想とはもともと相容れないものだった。彼は数年後に 『 百科全書 』 派知識人と訣別するにいたる。



■ La première source du mal est l'inégalité.

  悪 の 第 一 の 源 は 不 平 等 で あ る 。



  Voici comment j'arrangerais cette généalogie. La première source du mal est l'inégalité ; de l'inégalité sont venues les richesses [ ... ] ; Des richesses sont nés le luxe et l'oisiveté ; du luxe sont venus les beaux-arts, et de l'oisiveté les sciences.

  私は以下のようにこの系譜を整理してみたい。悪の第一の源は不平等である。不平等から富が生じた。[ ... ] 富から奢侈と無為が生まれた。奢侈から芸術が生じ、無為から学問が生じた。


── Rousseau, 『 ポーランド王への回答 Réponse au roi de Pologne 』 (1751)


 『 学問芸術論 』 にはいくつかの反論があらわれ、ルソーはそれに答える形で自己の論拠を補強していくなかで、第二論文 『 人間不平等起源論 』 の構想を温めていく。ルソーはこの 「 回答 」 のなかで、「 学問はそれ自体としてはよいものである 」 とし、ただしそれは人間によって作られたものではあるが、人間のために作られたものではない、すなわちそれ自体が目的ではなく、人間の自然な性向(知的好奇心)から発したものであり、したがって他のすべての性向と同じく、抑制することを知らねばならない、と主張する。つまり基本的にルソーの学問・芸術批判は、より根本的な人間の道徳の立場に立っている。彼が学問・芸術を追放せよと主張しているかのごとき誤解に対して、ひとたび堕落した社会においては、学問・芸術の濫用こそ避けるべきであり、むしろそれを 「 一時的緩和剤 」 として用いるべきだと言う。のちに 『 新エロイーズ 』 の序文においても 「 大都会には演劇が必要であり、堕落した国民には小説が必要である 」 と述べるように、これはいわば<悪による悪の治療>の思想であった。ルソーは 「 自然に帰れ 」 と言ったことはない。むしろ彼は原始の自然状態に帰ることの不可能性から出発した思想家であった。ただし、ルソーのこうした思想は彼のもってまわった雄弁のせいか、世間に理解されず、学問や芸術を批判する一方でつぎつぎと作品を発表することの矛盾に対する非難が、彼を次第に追いつめていくことになる。


■ un état qui n’existe plus, qui n’a peut-être point existé, qui probablement n’existera jamais

  もはや存在せず、たぶん存在したことがなく、おそらくはけっして存在することがないだろうひとつの状態


  [ ... ] de démêler ce qu’il y a d’originaire et d’artificiel dans la nature actuelle de l’homme, et de bien connaître un état qui n’existe plus, qui n’a peut-être point existé, qui probablement n’existera jamais, et dont il est pourtant nécessaire d’avoir des notions justes pour bien juger de notre état présent.

  人間の現在の性質のなかで、本来的なものと人為的なものを区別して、もはや存在せず、たぶん存在したことがなく、おそらくはけっして存在することがないだろうけれど、しかしながらわれわれの現在の状態をよく判断するためには、それについての正しい観念がぜひとも必要な、ひとつの状態をよく知ること [ ... ] 。


── ルソー 『 人間不平等起源論 Discours sur l’inégalité 』 , 序文 Préface (1755)


 『 学問芸術論 』 はルソーを有名にはしたが、「 私の著作のうちでも一番出来の悪いもの 」 ( 『 告白 』 ) と自認される。最初の傑作はこの 『 人間不平等起源論 』 であり、これもディジョン・アカデミーの懸賞課題 「 人間のあいだの不平等の起源は何か、それは自然法によって是認されるか Discours sur l’origine et les fondements de l’inégalité parmi les hommes 」 に応募したものだが、内容のあまりの過激さのため、ルソー自身の予想どおり落選した。

 重要なのはここで彼がみずからの方法論を確立したこと。この 「 自然状態 」 における 「 自然人 」 の自由で独立したありかたから、現在の 「 社会状態 」 の不平等と相互依存が根源的に批判される。同様に 「 本論 」 への導入部の次の言葉も彼の方法論を示すものとして、よく知られている ──

  Commençons donc par écarter tous les faits, car ils ne touchent point à la question. Il ne faut pas prendre les recherches, dans lesquelles on peut entrer sur ce sujet, pour des vérités historiques, mais seulement pour des raisonnements hypothétiques et conditionnels ; plus propres à éclaircir la nature des choses qu’à en montrer la véritable origine, [ ... ]

 「 まずすべての事実を遠ざけよう。それは問題に関係がないのだから。この主題についてなしうる研究は、歴史的事実ではなく、たんに仮説的で条件的な推理とみなすべきであり、こうした推理は、ものごとの本当の起源を示すよりも、その本性(自然)を明らかにするのに適しているのである。」 ルソーの演繹(えんえき)的方法をよく示す言葉。



■ L’état de réflexion est un état contre nature.

  反省の状態は自然に反する状態である。


  Si elle [ la nature ] nous a destinés à être sains, j’ose presque assurer que l’état de réflexion est un état contre nature, et que l’homme qui médite est un animal dépravé.

  自然がわれわれを健康であるように運命づけたとすれば、私はほとんど断言してもよいが、反省の状態は不自然な状態であり、瞑想にふける人間は堕落した動物である。


── ルソー 『 人間不平等起源論 』 第 1 部 Première partie


 多くの反論をまねいた一句。これとは対照的にディドロは 「 人間の特性を放棄して、理性を用いようとしないものは、堕落した動物として扱うべきある 」 ( 『 百科全書 』 「 自然法 」 の項 ) と述べている。ルソーはこの文脈では単に肉体的な健康の話をしている。だが、すこしあとでは、理性を用いるにいたらない野生人の唯一の自然的美徳は、苦しんでいる同胞に共感する 「 憐れみの情 」 であり、これは動物にもあるもので、「 あらゆる反省に先立つだけにいっそう普遍的な、またそれだけ人間にとって有用な徳である 」 と述べている。

 ルソーはけっして反理性主義ではないが、理性よりも基底的かつ自然的なものとして 「 憐れみ 」 という<共苦>の感情を、さらにのちの 『 エミール 』 では、「 良心の声 」 を設定する。また彼自身、晩年の自伝のなかで、<反省>や<思考>が自分の性に合わないことを繰り返し述べている。そのもっとも代表的な一句を掲げる ──

  Je sentis avant de penser : c'est le sort commun de l'humannité. Je l'éprouvai plus qu'un autre.

 「 私は考える前に感じた。それは人類に共通の運命である。私はその運命を他人よりも多く経験したのだ。」 ( 『 告白 』 第 1 巻 )


■ Le premier qui, ayant enclos un terrain, s’avisa de dire : Ceci est à moi, et trouva des gens assez simples pour le croire, fut le vrai fondateur de la société civile.

  土地に囲いをして 「 これはおれのものだ 」 と言うことを思いつき、それを信じるほど単純な人びとを見つけた最初の者こそが、政治社会の真の創始者であった。


  Le premier qui, ayant enclos un terrain, s’avisa de dire : Ceci est à moi, et trouva des gens assez simples pour le croire, fut le vrai fondateur de la société civile. Que de crimes, de guerres, de meurtres, que de misères et d’horreurs n’eût point épargnés au genre humain celui qui, arrachant les pieux ou comblant le fossé, eût crié à ses semblables : « Gardez-vous d’écouter cet imposteur ; vous êtes perdus, si vous oubliez que les fruits sont à tous, et que la terre n’est à personne ! »

  土地に囲いをして 「 これはおれのものだ 」 と言うことを思いつき、それを信じるほど単純な人びとを見つけた最初の者こそが、政治社会の真の創始者であった。もしそのとき、杭を引き抜いたり溝を埋めたりして、同胞たちに次のように叫ぶ者がいたとしたら、その人はどれほどの犯罪、戦争、殺戮、どれほどの悲惨と恐怖から人類を救っていたことだろう : 「 このペテン師の言うことを聞いてはならない。作物は万人のものであり土地はだれのものでもないことを忘れたらおしまいだぞ ! 」。


── ルソー 『 人間不平等起源論 』 第 2 部 Seconde partie


 <自然状態>の人間を考察した第 1 部に続いて、私有の観念の発生によって、従属と相互依存の社会状態への移行を論じる第 2 部冒頭の有名な言葉。持てる者ヴォルテールはこの箇所に憤怒して、余白にこう書き込んだ ── 「 植物を植え、種を蒔き、土地に囲いをした者に、その労苦の結実にたいする権利がないというのか。[ ... ] これこそ貧乏人が金持ちから盗むことを願うならず者の哲学だ 」。


■ Plantez au millieu d'une place un piquet couronné de fleurs, rassemblez-y le peuple, et vous aurez une fête.

  広場の中央に花を冠せた杭を立て、民衆を集めなさい。それで祭になる。


  Plantez au milieu d’une place un piquet couronné de fleurs, rassemblez-y le peuple et vous aurez une fête. Faites mieux encore : donnez les spectateurs en spectacle ; rendez-les acteurs eux-mêmes ; faites que chacun se voie et s’aime dans les autres afin que tous soient mieux unis.

  広場の中央に花を冠せた杭を立て、民衆を集めなさい。それで祭になる。もっとよいことがあります。観衆を見せることにするのです。彼ら自身を役者にするのです。各人が他人のなかに映る自分を見て、愛する、そうすることで万人がよりよく結合するようにするのです。


── Rousseau, Lettre à Mr. d'Alembert sur les spectacles (1758)
── ルソー 『 演劇に関するダランベール氏への手紙 』


 1757 年刊行の 『 百科全書 』 第 7 巻にダランベールが書いた項目 「 ジュネーヴ 」 の末尾に、この都市に欠けている娯楽施設として劇場の建設が提案されている。祖国であるこの共和国の美徳を愛するルソーはただちに反論を書く。劇場は堕落した大都会にのみふさわしい施設で、人びとを集めさせるように見えるが、逆に闇のなかで孤立させ、隣人・同胞を忘れさせ、無縁な架空の世界に没頭させる。それを演じる役者の才能とは、「 偽者になる技術、自分とは別の性格を装う技術、本当に考えていることとは別のことを考えているように見せかける技術 」 であると。

 ルソーの反演劇論はある意味で、演劇は神への祈りを忘れさせるとして批判するキリスト教会の伝統と、実体と見せかけの乖離を批判するモンテーニュ流のモラリストの伝統の双方につながり、そこに彼自身の性格が結びついたもの。だが、共和国にふさわしい見世物を提言した引用箇所はむしろ、フランス革命のときの革命祭典の理念に受け継がれる。ここに語られるのは、媒介や障害のない直接的な魂のコミュニケーションを理想とする民衆結合への夢であるけれども、同時にそこにルソー特有のナルシシズムを見ることもできよう。また 「 パフォーマンス 」 と考え合わせるのも興味深い。


■ Une vue exquise n’est qu’un sentiment délicat et fin.


  洗練された眼は、細やかで鋭敏な感情にほかならない。


   On s’exerce à voir comme à sentir, ou plutôt une vue exquise n’est qu’un sentiment délicat et fin.

  見ることは感じることと同じように鍛えられる。というよりはむしろ、洗練された眼は、細やかで鋭敏な感情にほかならない。


── Rousseau, Julie ou la Nouvelle Héloïse, Première partie, Lettre XII à Julie


 世紀最大のベストセラーになった書簡体の長編恋愛小説 『 ジュリ、あるいは新エロイーズ 』 から。18 歳の女主人公ジュリの家庭教師になった 20 歳の貧しい青年サン=プルー。たちまち二人のあいだに身分違いの恋心が芽生える。禁忌と葛藤を通じて二人の感情はより高い美徳の次元へ昇華されていく。だが心の奥底には地上ではどうしようもない傷が秘められたままに ...... 。

 ここはサン=プルーが教え子に提案する勉強のプランの一節だが、同時にそれが相手の内面感情に訴えかけるサン=プルーのいわば<誘惑術>になっているのが、この恋愛小説の精妙なところ。教育の目的は善や美を識別することにあり、それは書物よりもむしろ自己の内面から引き出せる。善は行動に移された美にほかならず、ともに秩序ある自然のなかに共通の源泉をもっている。美徳に感動する魂は、あらゆる美にも鋭敏であるはずだ。

 教育論 『 エミール 』 第 3 巻にも同様の思想が述べられている ──

 C'est dans le cœur de l'homme qu'est la vie du spectacle de la nature ; pour le voir, il faut le sentir.

 「 自然の光景の生命は人間の心の中にある。それを見つけるためには、それを感じなければならない。」


■ Toutes les grandes passions se forment dans la solitude.

  すべての偉大な情熱は孤独のなかで形成される。


  Toutes les grandes passions se forment dans la solitude ; on n’en a point de semblables dans le monde, où nul objet n’a le temps de faire une profonde impression, et où la multitude des goûts énerve la force des sentiments.

  おおきな情熱はみな孤独のなかでつくられます。世間にいてはとてもそのような情熱はもてません。そこではどんな対象も深い印象を与えるいとまがなく、多種多様な趣味が感情の力を弱めてしまうからです。


── Rousseau, Julie ou la Nouvelle Héloïse, Première partie, Lettre XXXIII de Julie


 文脈からは、ジュリが二人の恋の情熱を社交界のなかで純粋に育むことがいかにむずかしいかを嘆き、もっと引きこもった生活の必要を訴える場面だが、この主題は小説にとっても、またルソー自身の思想にとっても本質的なもの。ルソーがこの小説を書くのは、パリの社交界の有名人の生活から<自己改革>を企てて、郊外のレルミタージュに籠もり、モンモランシの森で夢想に耽った生活のなかであった。その一方でこの時期、かつての友人と次々に仲たがいをし、訣別していく。ディドロの戯曲 『 私生児 』 のなかの、「 一人でいるのは悪人だけ 」 という科白(せりふ)を自分へのあてつけと感じて、この最大の親友とも決別することになる。夢想と妄想がないまぜになった彼の後半生のはじまりであった。

 文化史的な観点からは、世紀前半を支配したロココ趣味を批判し、世紀後半に胎動する<エネルギー>美学に呼応している。この美学は美徳の力強さという倫理的側面と不可分であった。その代表者は、むしろディドロであったが ...... 。


■ Il n’y a qu’un géomètre et un sot qui puissent parler sans figures.

  文彩なしで語られるものは、幾何学者と馬鹿だけ。


── Rousseau, Julie ou la Nouvelle Héloïse, Deuxième partie, Lettre XVI à Julie


 文彩とは、比喩などのレトリックのこと。パリの社交界に滞在したサン=プルーからの手紙が、その気風に染まって才人ぶった比喩に満ちており、真心に欠けると咎めるジュリに答えた言葉。「 頭が熱を帯びると、自分を理解させるためには隠喩や婉曲表現が必要になります。あなたにそのつもりがなくともあなたの手紙にもそれがあふれています 」 と指摘する。むろんパスカルの 「 幾何学的精神 」 と 「 繊細の精神 」 の対比をふまえている。ルソーは 『 言語起源論 』 で、「 最初の言語は比喩的であった 」 と述べ、言語の情動的側面を、対象を指示する概念的性格よりも本質的なものとしている。


■ C’est à [ l'art ] que consiste le véritable goût.

  本当の趣味は技を隠すことにある。


  L’erreur des prétendus gens de goût est de vouloir de l’art partout, et de n’être jamais contents que l’art ne paraisse ; au lieu que c’est à le cacher que consiste le véritable goût, surtout quand il est question des ouvrages de la nature.

  趣味人といわれる人々の誤りは、いたるところに技をもとめ、技があらわれていないとけっして満足しないことにある。むしろ、本当の趣味は、ことに自然のつくりなすものに関しては、技を隠すことにある。


── Julie ou la Nouvelle Héloïse, Quatrième partie, Lettre XI à milord Edouard


 ジュリが夫ヴォルマールとともに領地の一角につくった 「 エリゼ 」 の園で交わされる庭園論のなかのヴォルマールの言葉。この庭園論は、ヴェルサイユに代表される 17 世紀の幾何学庭園から、18 世紀後半の英国式風景庭園への転換に決定的な影響をおよぼした。古くから風景式庭園をもち、また 「 秘すれば花 」 の美意識をもつ日本人にはかえって理解しやすいが、ヨーロッパでは、自然は神がつくった完璧な秩序をもつものだから、庭園はその理念を模倣するものでなければならず、いっさいの不規則性が排除されてきた。ありのままの自然の模倣という風景式庭園の誕生は美意識の根本的な転換であった。

 ここにはまた、古典主義以来の芸術論の中心をなす 「 人為 art 」 と 「 自然 nature 」 の二元対立が反映されている。しかし考えてみれば 「 人為を隠す 」 というのは、実はもっとも極端な 「 人為 」 にほかならない。18 世紀が発見した<自然崇拝>も基本的には文明化の一段階であった。


■ L’homme est né libre, & par-tout il est dans les fers.

  人間は自由なものとして生まれながら、いたるところで鎖につながれている。


  L’HOMME est né libre, et par-tout il est dans les fers. Tel se croit le maître des autres, qui ne laisse pas d’être plus esclave qu’eux.

  人間は自由なものとして生まれながら、いたるところで鎖につながれている。自分を他の人々の主人だと思っている者も、その人々以上に奴隷であることを免れえない。


── Rousseau, Du contrat social, Édition 1762. Livre I, Chapitre 1


 『 社会契約論 』 巻頭のあまりにも有名な言葉。支配者(主人)がみずからの存在を被支配者の存在によって支えられているという認識は、古くからあり、モンテスキューも 『 ペルシア人の手紙 Lettres persanes 』 (1721) のなかで述べていた。ルソーはそれを社会状態における人間の全面的な依存関係に帰着させる。19 世紀の初めには、ヘーゲルが 『 精神現象学 Phänomenologie des Geistes 』 (1807) で、これを自己意識と他者の意識の闘争の問題として<主>と<奴>の弁証法を展開させ、<主>こそが実は<奴>であることを明らかにし、さらにマルクスがふたたびこれを社会的関係で捉えなおし、階級闘争の論理を組み立てた。

 ルソーは 『 告白 』 第 9 巻で、この 『 社会契約論 』 の着想を得たときのことを、これも有名な言葉でこう述べている ──

 Tout tenait radicalement à la politique, et [ ... ] aucun peuple ne serait jamais que ce que la nature de son Gouvernement le ferait être.

 「 すべては根本的に政治につながっており、[ ... ] いかなる国民もその政体の性格の作りなしたもの以外ではありえない。」


■ Tout est bien sortant des mains de l’Auteur des choses, tout dégénère entre les mains de l’homme.

  万物の創り主の手を離れるときすべてはよいのに、人間の手のなかですべてが悪くなる。

── Rousseau, Émile, ou De l’éducation (1762) Édition 1852, Livre I


 『 エミール、あるいは教育について 』 冒頭の一句。この作品は近代教育の原点に位置する古典的名著であるばかりでなく、ルソーの人間論、自然観、宗教観の集大成でもある。「 自然の善性 」 はルソーの著作でなんども繰り返される根本命題。晩年の自伝 『 ルソーがジャン=ジャックを裁く ── 対話 Rousseau juge de Jean-Jacques ─ Dialogues 』 (1780) のなかで、「 私は、いたるところに彼の大原則が展開されているのを見ました、すなわち、自然は人間を幸福で善良につくったのに、社会が人間を堕落させ、悲惨にするというものです 」 ( 「 第三対話 」 ) と語っている。『 エミール 』 は 『 社会契約論 』 と同年に刊行され、両者は表裏の関係にある。第 1 篇で、「 よき社会制度とは、人間をもっともうまく非自然化させ、その絶対存在を奪い去って、相対存在を付与し、自我を共通の統一体のなかに移すことのできる制度である 」 と述べながら、「 公共教育はもはや存在しないし、存在しえない。祖国のないところに市民はありえないからだ 」 という絶望的な現状認識から出発する。そこから、社会状態にありながら、いかにしてその歪みを極小にし、いわば社会における自然人を育てるかが、この作品の主題になる。


■ Toute méchanceté vient de faiblesse.

  あらゆる悪は弱さからくる。


  Toute méchanceté vient de faiblesse ; l’enfant n’est méchant que parce qu’il est faible ; rendez-le fort, il sera bon : celui qui pourrait tout ne ferait jamais de mal.

  あらゆる悪は弱さからくる。子供が悪くなるのはその子が弱いからにほかならない。強くすれば善良になる。すべてが可能な者がいるとすれば、決して悪いことはしないだろう。


── Rousseau, Émile, ou De l’éducation (1762) Édition 1852, Livre I


 第 1 篇は幼児期 ( 5 歳まで ) において、将来の精神の教育の基礎となる身体の教育を重視している。この箇所は、性悪説に立つホッブズ [ Thomas Hobbes ] が、悪人を頑健な子供と呼んだことへの反論。

 第 2 篇で、弱さという概念は力と欲望との相対的な関係であり、力が欲望を越えるときには強い存在であり、力を越える欲望を持つものは弱い存在だと説き、第 3 篇でもこう繰り返される。「 人間の弱さはどこからくるのか。自分の力と欲望のあいだの不均衡からである。われわれを弱くするのは情念である。なぜなら情念を抑制するには自然から授かった以上の力が必要だからである。それゆえ、欲望を少なくすれば、あたかも力を増したことと同じになる。」


■ Oserais-je exposer ici la plus grande, la plus importante, la plus utile règle de toute l’éducation ? ce n’est pas de gagner du temps, c’est d’en perdre.

  ここで教育全体の最大の、最重要な、もっとも有益な規則を述べてみようか、それは時間をかせぐことではなく、時間を失うことだ。


── Rousseau, Émile, ou De l’éducation (1762) Édition 1852, Livre II


 12 歳までを誤謬と不徳の芽生える時期とするルソーの初期教育論の根本は、防御的な 「 消極教育 」 で、書物による教育、美徳や真理の教育はできるだけ遅くし、まず事物の必然の軛(くびき)を徹底的に経験させ、肉体、器官、感官、力を訓練する。こうして 「 魂 」 が自然の歩みによってその全能力を獲得するまでは、魂にはできるだけ長い間、なにもさせないでおく、というわけであった。


■ Exister [ ... ], c’est sentir.

  存在するとは、感じることである。


  Exister pour nous, c’est sentir ; notre sensibilité est incontestablement antérieure à notre intelligence, et nous avons eu des sentiments avant des idées.

  われわれにとって存在するとは、感じることである。われわれの感性は明らかに知性に先行しており、われわれは観念以前に感情を持ってきた。


── Rousseau, Émile, ou De l’éducation (1762) Édition 1852, Livre IV


 『 エミール 』 第 4 篇に挿入されたエピソード 「 サヴォワ助任司祭の信仰告白 La Profession de foi du vicaire savoyard 」 はいわばルソーの 『 方法序説 Discours de la méthode 』 であり、そこで、展開されるのは、キリスト教の啓示宗教に対する 「 自然宗教 」 論であった。この箇所はデカルトの 「 われ思う、ゆえにわれあり 」 にたいする反措定(はんそてい)といえる ( のちに、ルソーの崇拝者であり晩年の友人ベルナルダン・ド・サン=ピエール [ Jacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre ] は 「 われ感じる、ゆえにわれあり 」 と言う )。感情は生得的なもので、それは両面をもつ 「 自我 」 そのものであり、第一に、自己保存にむすびつく感情、第二に、「 憐れみ 」 という、自己を同類の苦しみに結びつける感情であった。ルソーにとって、存在することは苦しむこと、あるいは幸福であること、そしてまた善を愛することであった。この同じページに、『 エミール 』 全編中もっとも有名な 「 良心 」 へのよびかけがあらわれる ──


■ Conscience ! conscience ! instinct divin, immortelle et céleste voix

  良心 ! 良心 ! 神的な本能、不滅なる天の声


  Conscience ! conscience ! instinct divin, immortelle et céleste voix ; guide assuré d’un être ignorant et borné, mais intelligent et libre ; juge infaillible du bien et du mal, qui rends l’homme semblable à Dieu, c’est toi qui fais l’excellence de sa nature et la moralité de ses actions ; sans toi je ne sens rien en moi qui m’élève au-dessus des bêtes, que le triste privilège de m’égarer d’erreurs en erreurs à l’aide d’un entendement sans règle et d’une raison sans principe.

  良心 ! 良心 ! 神的な本能、不滅なる天の声、無知で有限ながら知性をもつ自由なる存在の確実な導き手、善悪の誤ることなき判定者、人間を神に似たものにしてくれるもの、おんみこそ人間の本性の優越性と人間の行動の道徳性をあたえるもの。おんみなくしては、私は、自分を獣よりも高めてくれるものといっては、規則なき悟性と原則なき理性の力で誤謬から誤謬へとさまよう惨めな特権しか内心に感じえないのだ。

  

 良心は 「 直接的で、理性から独立した原理 」 だが、すでに述べたようにルソーは反理性主義者ではない。「 理性だけがわれわれに善悪を知ることを教える。善を愛させ、悪を憎ませる良心は理性から独立したものだが、理性なしには発達しない。」 ( 第 1 篇 ) いずれにせよ、この箇所を含む 「 サヴォワ助任司祭の信仰告白 」 はルソーの思想の一到達点であり、ルソー解釈のかなめのひとつ。後にこの思想をより精密に展開させたのが、三批判書 ( 『 純粋理性批判 Kritik der reinen Vernunft 』、『 実践理性批判 Kritik der praktischen Vernunft 』、『 判断力批判 Kritik der Urteilskraft 』 ) におけるカントであった。  

  



 
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2014年08月19日

◆ Κατανόηση

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     理 解 Κατανόηση



   Κυριακή. Γυαλίζουν τά κουμπιά στά σακκάκια

   σά μικρά γέλια. Τό λεωφορείο έφυγε.

   Κάτι εύθυμες φωνές − παράξενο

   νά μπορείς ν’ ακούς καί ν’ αποκρίνεσαι. Κάτω απ’ τά πεύκα

   ένας εργάτης μαθαίνει φυσαρμόνικα. Μιά γυναίκα

   είπε σέ κάποιον καλημέρα − μιά τόσο απλή καί φυσική

       καλημέρα

   πού θάθελες κ’ εσύ νά μάθεις φυσαρμόνικα κάτω απ’ τά πεύκα.


   日曜日。ジャケツのボタンが光る

   笑いがこぼれるように。 バスは行った。

   幸せな声 ── きみが聴いて答えてる

   不思議さ。 松の木の下で

   労務者がハモニカの練習。 女が

   おはようと誰かに言っている ── 実に単純で自然な

       「 おはよう 」。

   きみも松の木の下でハモニカが習いたくなる。



   Όχι διαίρεση ή αφαίρεση. Νά μπορείς νά κοιτάζεις

   έξω από σένα − ζεστασιά καί ησυχία. Νά μήν είσαι

   “μονάχα εσύ”, μά “καί εσύ”. Μιά μικρή πρόσθεση,

   μιά μικρή πράξη τής πρακτικής αριθμητικής, ευκολονόητη,

   πού κ’ ένα παιδί μπορεί νά τήν πετύχει παίζοντας στό φώς

       τά δάχτυλά του

   ή παίζοντας αυτή τή φυσαρμόνικα γιά ν’ ακούσει η γυναίκα.


   割算も引き算もなし。きみも自分のそとを

   見られる ── あたたかさと安らぎ。

   「 きみだけ 」 ではなく、「 きみも 」 だよ。ちょっとした足し算さ。

   やさしい算数。すぐ分かる。

   こどもだってできる。指を陽(ひ)にかざして

       折って数えればいい、

   ハモニカを吹けばいい、女が聞くでしょう。



   ── Γιάννης Ρίτσος, Παρενθέσεις (1946-1947)



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 「 理解 」 とは何か ? ── それは<あいさつ>に似ている。

 « 女がおはようと誰かに言っている。実に単純で自然な 「 おはよう 」。»

 「 誰か 」 は女の知り合いかもしれないし、そうではないかもしれない。
 知り合いではなくても女は出会った人にあいさつをする。
 それは 「 単純 」 で 「 自然 」 なこと。「 意味 」 はない。「 自然 」 があるだけだ。
 人間は出会ったらあいさつするものだ、という基本的な人間の生き方。
 あいさつに誘われて、あいさつの輪に自然に入っていく ──

 Ρίτσος は、この 「 おはよう 」 のように詩を読者に届けたい。
 「 これを見た、これを聞いた、これを知った 」 と語り、それを読者が読む。
 そして、ハモニカを聞いてハモニカが吹きたくなるように、
 詩を読んで詩が書きたくなる人がいれば、それでいい。
 さらに詩を読みたくなる人がいれば、それもいい。
 少しずつ 「 出会い 」 が広がってゆく。
 きみが詩を書けば、女が読むでしょう ──
 そうやって、「 足し算 」 が続いていく ...... 。





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2014年08月17日

◆ ΔΩΔΕΚΑ ΠΟΙΗΜΑΤΑ ΓΙΑ ΤΟΝ ΚΑΒΑΦΗ

Κωνσταντίνος Καβάφης.jpg



     詩 人 の 部 屋 Ο ΧΩΡΟΣ ΤΟΥ ΠΟΙΗΤΗ



Το μαύρο, σκαλιστό γραφείο, τα δυό ασημένια κηροπήγια,
η κόκκινη πίπα του. Κάθεται, αόρατος σχεδόν, στην πολυθρόνα,
έχοντας πάντα το παράθυρο στη ράχη του. Πίσω από τα γυαλιά του,
πελώρια και περίσκεπτα, παρατηρεί τον συνομιλητή του,
στ’ άπλετο φως, αυτός κρυμμένος μες στις λέξεις του,
μέσα στην ιστορία, σε πρόσωπα δικά του, απόμακρα, άτρωτα,
παγιδεύοντας την προσοχή των άλλων στις λεπτές ανταύγειες
ενός σαπφείρου που φορεί στο δάχτυλό του, κι όλος έτοιμος
γεύεται τις εκφράσεις τους, την ώρα που οι ανόητοι έφηβοι
υγραίνουν με τη γλώσσα τους θαυμαστικά τα χείλη τους.
Κι εκείνος πανούργος, αδηφάγος, σαρκικός, ο μέγας αναμάρτητος,
ανάμεσα στο ναι και στο όχι, στην επιθυμία και τη μετάνοια,
σαν ζυγαριά στο χέρι του θεού ταλαντεύεται ολόκληρος,
ενώ το φως του παραθύρου πίσω απ’ το κεφάλι του
τοποθετεί ένα στέφανο συγγνώμης κι αγιοσύνης.
≪ Αν άφεση δεν είναι η ποίηση, –ψιθύρισε μόνος τους–
τότε, από πουθενά μην περιμένουμε έλεος ≫.


浮き彫りの飾り付きの黒い机。銀の燭台が二つ。愛用の赤いパイプ。いつも窓を背に安楽椅子に座る詩人はほとんど目にとまらぬ。部屋の真ん中のまばゆい光の中にいて語る相手を眼鏡越しに凝視する。巨(おお)きな、だがつつましい詩人の眼鏡。おのれのひととなりを、言葉の陰に、物語の陰に、おのれのさまざまの仮面の陰に隠す。遠い距離にいる、きずかつかぬ詩人。部屋にいる者どもの視線をまんまとおのれの指のサファイアの絹ごしのきらめきに釘づけにして、通人の舌で彼等の語る言葉の味利きをする。嘴(くちばし)の黄色い若者が詩人をほれぼれと眺めて唇を舌で湿らす時だ。詩人は海千山千。悪食。貧食。血の滴(したた)る肉を厭(いと)わぬ。罪に濡れぬ大人物。肯定と否定のあいだ、欲望と改悛とのあいだを、神の手にある秤のごとく一つの極から他の極まで揺れる。揺れる、そのあいだ、背後の窓から光が射して、詩人の頭に許しと聖性の冠を置く。「 詩が許しであればよし、なければ、われわれはいっさいの恩寵を望まない 」 と詩人はつぶやく。



     詩 人 の ラ ン プ Η ΛΑΜΠΑ ΤΟΥ



Η λάμπα είναι ήμερη, καλόβολη· την προτιμάει
από άλλους φωτισμούς. Ρυθμίζεται το φως της
ανάλογα με τις ανάγκες της στιγμής, ανάλογα
με την αιώνια, ανομολόγητην επιθυμία. Και πάντα,
η μυρωδιά του πετρελαίου, μια λεπτή παρουσία
πολύ διακριτική, τις νύχτες, σαν γυρνάει μονάχος
με τόση κούραση στα μέλη, τόση ματαιότητα
στην ύφανση του σακακιού του, στις ραφές της τσέπης
τόσο που κάθε κίνηση να μοιάζει περιττή κι αφόρητη –
η λάμπα, μιά απασχόληση και πάλι· – το φιτίλι,
το σπίρτο, η φλόγα η κινδυνεύουσα ( με τις σκιές της
στην κλίνη, στο γραφείο, στους τοίχους ) και προπάντων
εκείνο το γυαλί – η εύθραυστη διαφάνειά του,
που σε μιά απλή κι ανθρώπινη χειρονομία, απ’ την αρχή,
σε υποχρεώνει: να προφυλαχτείς ή και να προφυλάξεις.


そのランプは従順に仕える。詩人の明かりはこのランプでなくてはかなわぬ。その時々のあるべきように合わせて変わるランプ。詩人のこころの、永遠につきない、そしていつも思いがけない希(のぞ)みに合わせて変わるランプ。いつも灯油の匂いがただよっている。詩人が深夜ひとり帰宅するとき、匂いはやさしく、ひっそりと分をわきまえていつもある。疲労を五体ににじませ、むなしさを上着の織り目、ポケットの縫い目にしみとおらせて、ついには、あらゆるものの動きが我慢ならない、うわべかぎりのものと思ってしまう。そのとき、ランプは詩人にいくばくかの救いである。今日も芯にマッチを近づける。ぼっと炎がゆらぐ。( 影が壁に机に寝台に揺れる )。いや何よりも鏡だ。すき透った脆い鏡。最初の一瞬に映る無邪気な、ありふれた、人めいたしぐさが、きみを保ち、ひとを支える。そんな鏡に映る姿を作りだす炎の力。



     夜 明 け の 詩 人 と ラ ン プ Η ΛΑΜΠΑ ΤΟΥ ΚΑΤΑ ΤΟ ΛΥΚΑΥΓΕΣ



Καλησπέρα, λοιπόν· οι δυό τους πάλι, ενώπιος ενωπίω,
η λάμπα του κι αυτός, – την αγαπάει, κι ας φαίνεται
αδιάφορος κι αυτάρεσκος· κι όχι μονάχα
γιατί τον εξυπηρετεί, μα πιότερο, και ιδίως,
γιατί αξιώνει τις φροντίδες του· – λεπτή επιβίωση
αρχαίων ελληνικών λυχνιών, μαζεύει γύρω της
μνήμες κι ευαίσθητα έντομα της νύχτας, απαλείφει
ρυτίδες των γερόντων, μεγεθύνει τα μέτωπα,
μεγαλύνει τις σκιές εφηβικών σωμάτων, επιστρώνει
μ’ ένα μειλίχιο φέγγος τη λευκότητα κενών σελίδων
ή το κρυμμένο πορφυρό των ποιημάτων· κι όταν,
κατά το λυκαυγές, το φως της ωχριάζει και ταυτίζεται
με το τριανταφυλλί της μέρας, με τους πρώτους θορύβους
απ’ τα ρουλά των μαγαζιών, τα χειραμάξια, τους οπωροπώλες,
είναι μιά εικόνα απτή της ίδιας του αγρυπνίας, κι ακόμη
μιά γυάλινη γέφυρα, που πάει απ’ τα γυαλιά του
ώς το γυαλί της λάμπας, κι από κει στα τζάμια
του παραθύρου, ώς έξω, όλο πιο πέρα –
γυάλινη γέφυρα που τον κρατεί πάνω απ’ την πολιτεία,
μέσα στην πολιτεία, στην Αλεξάνδρειά του, ενώνοντας,
με τη δική του τώρα βούληση, τη νύχτα και τη μέρα.


あ、今宵もようこそ。またしてもふたりが向かいあう。詩人とそのランプだ。詩人はランプを愛している。気にもとめていないような冷淡さはうわべだけだ。ランプへの愛は、ただ仕えてくれるからではない。何よりも、いつくしみ手塩にかける値打がある。古代ギリシアの生き残りの繊細なランプだ。ランプのまわりには光に敏感な夜の虫とかずかずの記憶とが群がる。ランプは老いたる者の皺を消し、そのひたいを広く見せ、若い身体の影を気高くし、その穏やかな灯は、まだ書かれていないページの白さのうえに拡がり、詩にひそむ深い血の紅(くれない)を掩(おお)い隠す。明け方になり、ランプの光が弱まって、昼の光の薔薇色にとけこむとき、商店街の鉄のシャッターの開く音に、手押し車の、果物売りの音にとけこむとき、ランプは詩人の<不眠>そのものが凝り固まったひとつの物だ。それはまた、ガラスの架け橋でもある。詩人の眼鏡のガラスからランプのほやのガラスへ、ほやから窓のガラスへ、そして戸外へ、さらに外へ、向こうへと続くガラスの架け橋。ガラスの橋は、詩人を彼の市(まち)アレクサンドリアの上空へと運ぶ。市井の雑踏のまん中に詩人を据える。そして、詩人の意志で夜と昼とをひとつにつなぐ。



     ラ ン プ を 消 す ΤΟ ΣΒΗΣΙΜΟ ΤΗΣ ΛΑΜΠΑΣ



Έρχεται η ώρα της μεγάλης κόπωσης. Θαμβωτική πρωία,
προδοτική· – δείχνει το τέλος κι άλλης νύχτας του, υπερθεματίζει
τη στιλπνή τύψη του καθρέφτη, σκάβοντας μνησίκακα
τις χαρακιές δίπλα στα χείλη και στα μάτια. Τώρα,
δεν ωφελεί η προσήνεια της λάμπας ή το κλείσιμο των παραπετασμάτων.
Συνείδηση άκαμπτη του τέλους πάνω στα σεντόνια όπου ψυχραίνει
το θερμό χνώτο θερινής νυκτός, και μένουν μόνον λίγοι κρίκοι
πεσμένοι από νεανικούς βοστρύχους –μιά κομμένη αλυσίδα–
η ίδια εκείνη αλυσίδα ─ ποιός τη σφυρηλάτησε; Όχι,
δεν ωφελεί η ανάμνηση μήτε κι η ποίηση. Κι ωστόσο,
την ύστατη στιγμή, πριν κοιμηθεί, σκύβοντας πάνω απ’ το γυαλί της λάμπας
να φυσήσει τη φλόγα της, να σβήσει πια κι αυτή, αντιλαμβάνεται
ότι φυσάει κατευθείαν μέσα στο γυάλινο αυτί της αιωνιότητας
μιά λέξη αθάνατη, εντελώς δική του, το ίδιο του το
χνώτο ─ ο στεναγμός της ύλης.
Ωραία που η καπνιά της λάμπας ευωδιάζει το δωμάτιό του τα χαράματα.


いよいよ大いなる消耗の時。ぎらつく朝。裏切って秘密をばらす朝だ。詩人の夜がまたしてもひとつ終わる。朝は、磨きあげた鏡よりも残酷に打ちのめす。にくさげに眼と唇のまわりの皺をいちいちあばきだす。こうなっては、ランプの思いやりも詮ない。カーテンを引いてもはじまらない。夏の夜の熱い吐息がゆっくりと冷えていった、あのシーツの端の硬い感覚 ── 。しかし、残ったのは小さな輪のいくつか。若い巻き髪からはらりと落ちた巻き毛。ちぎれた鎖だ。あの同じ鎖だ。誰が鍛えた鎖か。いや、思い出は救いにならぬ。詩もだ。しかし、眠ろうとして火を吹き消そうとランプのほやにかがみこみ、炎が消えようとする、いまわのひとときに、詩人はハッとさとるのだ、詩人は、永遠のガラスの耳に、ひとつの不死なる言葉を直(じ)かに吹き込んでいるのだと。不死なる言葉、── あまさずおのれのものなる言葉、まことのおのれの息だ、物質のつく溜息だ。ところで、吹き消したランプの匂いが夜明けの部屋に漂うのはいいものだね。



     詩 人 の 眼 鏡 ΤΑ ΓΥΑΛΙΑ ΤΟΥ



Ανάμεσα στα μάτια του και τ’ αντικείμενα στέκονταν πάντα
τα ερμητικά γυαλιά του, τα προσεχτικά, τ’ αφηρημένα,
τα εποπτικά κι εκλεκτικά – γυάλινο φρούριο απρόσωπο,
φράγμα και παρατηρητήριο – δυό υδάτινες τάφροι
γύρω στο μυστικό, το απογυμνωτικό το βλέμμα, ή μάλλον
δυό δίσκοι ζυγαριάς που στέκεται –περίεργο– όχι κάθετη
αλλά οριζόντια. Κι έτσι πια, μιά ζυγαριά οριζόντια
τί θα μπορούσε να κρατήσει εξόν απ’ το κενό, κι εξόν
από τη γνώση του κενού, γυμνή, κρυστάλλινη, απαστράπτουσα
και πάνω στη στιλπνότητά της η πομπή ν’ αντανακλάται
των έσω κι έξω του ινδαλμάτων σε μιά ζυγιασμένη ενότητα
τόσο υλική, τόσο άφθαρτη, που ακέριο το κενό αναιρούσε.


詩人の眼と対象との間にはいつも詩人のヘルメス的な眼鏡の玉が割り込んでいる。詩人の眼鏡は、きめこまかに気くばりしながらどこか心ここにあらずのさまで、手抜きせずに調べあげながらぽっと抜けている。超脱した無私のガラスの砦だ。防壁でもあり監視所でもある。対象をあか裸にする鋭い詩人の神秘の眼光を取り巻く二つの水のみちだ。いや、天秤の二つの皿というほうがいい。しかし、天秤は、どうしてだろう、垂直に下がってはいない。横に寝ている天秤だ。水平の天秤には空虚しか載るまい。そして空虚を知ることしか。一糸まとわぬ天秤、水晶の天秤、きらめく光をちりばめた天秤。だが、そのかがやく鏡の上に映る、詩人の内面と外面との幻想のかずかずの重なりは、均衡と統一とを見せ、実に具体的、実に堅固で、空虚全体を反駁している。




     避 難 場 ΚΑΤΑΦΥΓΙΑ



≪ Έκφραση –λέει– δε σημαίνει να πεις κάτι,
αλλά απλώς να μιλήσεις· και το να μιλήσεις
σημαίνει ν’ αποκαλυφθείς· – πώς να μιλήσεις; ≫
Κι έγινε τότε τόσο διάφανη η σιωπή του
που κρύφτηκε όλος πίσω από την κουρτίνα
κάνοντας πως κοιτάζει απ’ το παράθυρο.
Μα, ως νά ’νιωσε το βλέμμα μας στη ράχη του,
έστρεψε βγάζοντας το πρόσωπό του απ’ την κουρτίνα
σα να φορούσε ένα λευκό, μακρύ χιτώνα,
κάπως αστείον, κάπως παράταιρον στην εποχή μας,
και τό ’θελε ( ή το προτιμούσε ) ίσως νομίζοντας
πως έτσι, κατά κάποιο τρόπο, θα παραπλανούσε
την υποψία μας, την εχθρότητά μας ή τη λύπη μας
ή πως μας χορηγούσε κάποιο πρόσχημα
για τον μελλοντικό ( που ’χε μαντέψει ) θαυμασμό μας.


「 表現とは 」 と詩人は言った。「 何を語るという意味ではない。とにかくことばを話せばいい。話すということはきみをくまなくみせることだから。話すにはどうすればいいかって ? 」。続く詩人の沈黙は次第に透明になっていった。ついに詩人はカーテンの陰に隠れた。窓の外を見ているふりをした。だが、われわれの視線を背中に感じると、詩人はふりむいて顔をカーテンの陰からのぞかせた。まるで白い長衣を身にまとっているようだった。詩人はけっこう楽しんでいたが、どこか時代おくれの感じがした。それが詩人の目論見だった ( そのほうがいいと思ったというか ) 。おそらく、こうすれば、何とかわれわれの誘惑を、敵意を、憐憫をそらせられると思ったのだ。それとも、将来詩人を賛美する手がかりをわれわれに授けておこうと思ったのか ( いつかは賛美されるとは詩人の予言だった ) 。



     か た ち に つ い て ΠΕΡΙ ΜΟΡΦΗΣ



Είπε: ≪ Η μορφή δεν εφευρίσκεται μήτε επιβάλλεται·
εμπεριέχεται στην ύλη της κι αποκαλύπτεται κάποτε
στην κίνησή της προς την έξοδο ≫. Κοινοτοπίες, είπαμε,
αοριστολογίες – τί αποκαλύψεις τώρα; Αυτός δε μίλησε άλλο·
έκλεισε το σαγόνι του μέσα στα δυό του χέρια σα μιά λέξη
εντός εισαγωγικών. Το τσιγάρο του αμφίθυμο απόμεινε
στα κλεισμένα του χείλη – μιά λευκή φλεγόμενη κεραία
αντί αποσιωπητικών, που πάντα τα παρέλειπε εκ συστήματος
( ή μήπως ασυναίσθητα; ) αποσιωπώντας τη σιωπή του.


詩人は言った、「 かたちは頭で発明するものでも、外から押しつけるものでもない。その素材の中に含まれているものである。内部から外部へと出ようともだえる運動をみて、かたちがはっとわかることもある 」。「 平凡ですね 」 とわれわれは言った、「 つかみどころのないお言葉ですね。何をいわんとしておられるのですか 」。詩人はもう語らなかった。おとがいを両手でくるみこんで支えた。ひとつの単語を二つの疑問符で挟んだみたいだった。詩人の紙巻煙草は結んだ口に残る。吸うとも消すともどっちつかずの煙草は、火のついた白いアンテナだ。「 ...... 」 の代わりだ。詩人が書き止むとき、ただ書き止むのではなくて至るところに組織的に残してゆく三つの点の代わりだ。( それともあれは無意識だろうか ) 。


Στη στάση αυτή, μας φάνηκε, έτσι αόριστα, πως αγρυπνούσε
σ’ ένα μικρό, σιδηροδρομικό σταθμό, κάτω απ’ το υπόστεγο,
εκεί που συναντιούνται στιγμιαία, μιά νύχτα του χειμώνα,
μοναχικοί ταξιδιώτες, μ’ εκείνη τη γεύση του κάρβουνου
απ’ το ακατόρθωτο του ταξιδιού, κι απ’ το αμοιβαίο απέραντο
της μυστικής τους προαιώνιας φιλίας. Ο καπνός του τραίνου
στεκόταν ήσυχος πάνω απ’ τους δυό οριζόντιους κώνους
των προβολέων, συμπαγής και γλυπτικός, ανάμεσα
σε δυό χωρισμούς. Αυτός έσβησε το τσιγάρο του κι έφυγε.


このさまを見ているとおぼろげに見えてくる。詩人が小さな駅の待合室で徹夜している姿だ。待合室は冬の夜など孤独な旅客が袖すりあうところ、石炭の匂いの漂ってくるところだ。その匂いはどこから漂ってくるのだろう。旅の果てしなさからか。旅客たちの長年のひそかな馴染みゆえのおたがいのおしゃべりの間からか。今、汽車の煙が静かに立ち昇っている。二つのヘッドライトのつくる二つの水平の円錐の上方に、煙は濃く、重く、押し詰まって、細かい壁まで彫刻のようだ。二つの別れと別れとの間。詩人は紙巻煙草を消して立ち去る。



     誤 解 ΠΑΡΑΝΟΗΣΕΙΣ



Αυτά τα διφορούμενά του, αφόρητα· μας βάζουν σε δοκιμασία·
κι ο ίδιος επίσης δοκιμάζεται· προδίδεται ολοφάνερα
η ασάφειά του, ο δισταγμός του, η άγνοια, η δειλία του
κι η έλλειψη σταθερών αρχών. Σίγουρα, πάει να μας εμπλέξει
στην ίδια του περιπλοκή. Κι αυτός κοιτούσε κάπου πέρα
γενναιόφρων τάχα κι επιεικής (Όπως αυτοί που ’χουν ανάγκη επιεικείας
μ’ ολόλευκο πουκάμισο, μ’ άψογο μολυβί κοστούμι
κι ένα χρυσάνθεμο στην κομβιοδόχη. Ωστόσο
σαν έφυγε, στη θέση όπου στεκόταν, διακρίναμε στο πάτωμα
μιά μικρή, κατακόκκινη λίμνη, ωραία σχεδιασμένη,
σαν χάρτης περίπου της Ελλάδος, σαν μικρογραφία της υδρογείου,
μ’ αρκετές αφαιρέσεις και μεγάλες ανακρίβειες συνόρων,
– με σύνορα σχεδόν σβησμένα μες στου χρώματος την ομοιομορφία –
μιά υδρόγειος σ’ ένα κατάκλειστο, λευκό σχολείο, μήνα Ιούλιο,
που λείπουν όλοι οι μαθητές, σε μιά εξοχή εκτυφλωτική, παραθαλάσσια.


詩人のこの曖昧さ我慢ならないな。この曖昧さはぼくらを試しているんだ。詩人自身も試されているわけだけれど。詩人の曖昧さはむろん本心ではない。詩人のためらいも、怯えも、確固たる信念の欠如も。きっと、ぼくらを詩人の錯雑たる世界に巻き込もうとしているのだ。詩人は眼差しを遠くにやる。すると、こころの広い、鷹揚なひとに見える ( 甘やかされたいひとのようでもある ) 。真白なシャツに薄いグレイの完璧なスーツ。ボタンの孔に菊が一輪。だが詩人が立ち去った後、詩人の立っていた所の床に、ぼくらは小さな明るい赤色の水たまりを見てしまう。美しい粗描き。ざっとギリシアの地図みたいだ。地球の縮図だ。陸と海の切れ込み具合はいいんだが、国境線はずいぶんあやふやだ。── 国境は色の一様さのためにないも同然ではないか ── 7 月という月、生徒たちが皆、目くるめく浜に去って、しっかりと戸を閉めた白い学校の地球儀だ。



     た そ が れ ΛΥΚΟΦΩΣ



Την ξέρεις κείνη τη στιγμή του θερινού λυκόφωτος
μες στο κλειστό δωμάτιο· μιά ελάχιστη ρόδινη ανταύγεια
διαγώνια στο σανίδωμα της οροφής· και το ποίημα
ημιτελές επάνω στο τραπέζι – δυό στίχοι όλο όλο,
μιά αθετημένη υπόσχεση για ένα εξαίσιο ταξίδι,
για κάποια ελευθερία, κάποια αυτάρκεια,
για κάποια ( σχετική, φυσικά ) αθανασία.


きみは知っている。閉め切った部屋の中のたそがれを。天井板にかすかに赤い残照が映え、机には仕上げ半ばの詩が開かれて ── 。詩は二篇だけ。一種の不死 ( むろん相対的さ ) の、一種の自己満足の、一種の自由の、究極をきわめる旅の ── そういった約束の反故(ほご)だ。


Έξω στο δρόμο, η επίκληση κιόλας της νύχτας,
οι ανάλαφροι ίσκιοι θεών, ανθρώπων, ποδηλάτων,
όταν σκολάνε τα γιαπιά, κι οι νέοι εργάτες
με τα εργαλεία τους, με τα βρεγμένα, ακμαία μαλλιά τους,
με λίγες πιτσιλιές ασβέστη στα φθαρμένα τους ρούχα
χάνονται στων εσπερινών ατμών την αποθέωση.


そとの通りには、すでに夜の呼ばわる声。神々の、人間たちの、自転車の、軽い影。建築の仕事時間が終わった。若い建築労働者たちは、自分の道具を抱え、硬い髪を汗に濡らせ、着古した上着に漆喰のはねをとどめて、黄昏にニスを塗って荘厳する。


Οκτώ κρίσιμοι κτύποι στο εκκρεμές, πάνω απ’ τη σκάλα,
σ’ όλο το μάκρος του διαδρόμου – κτύποι αμείλικτοι
από σφυρί επιτακτικό, κρυμμένο πίσω από το κρύσταλλο
το σκιασμένο· και ταυτόχρονα ο αιώνιος θόρυβος
εκείνων των κλειδιών που δεν κατόρθωσε ποτέ του
να εξακριβώσει αν ξεκλειδώνουν ή αν κλειδώνουν.


階段の上から振子時計の断固たる八点鐘が廊下の端から端まで響く。すりガラスの裏に隠れた槌が力づよく打ち鳴らす、仮借ない時鐘の音。その刹那、永遠の鍵の回る音がする。鍵をかけているのか、外しているのか、どちらかだろう。詩人にはどうしても確かめられない、あれらの鍵の音。



     最 後 の 時 ΥΣΤΑΤΗ ΩΡΑ



Ένα άρωμα έμενε στην κάμαρά του, ίσως μονάχα
απ’ την ανάμνηση, μπορεί κι απ’ το παράθυρο
μισάνοιχτο στην εαρινή βραδιά. Ξεχώρισε
τα πράγματα που θά ’παιρνε μαζί του. Σκέπασε
μ’ ένα σεντόνι τον μεγάλο καθρέφτη. Κι ακόμη
στα δάχτυλά του εκείνη η αφή ευμελών σωμάτων
κι η αφή, η μοναχική, της πένας του – όχι αντίθεση·
υπέρτατη ένωση της ποιήσεως. Δεν ήθελε
να απατήσει κανέναν. Πλησίαζε το τέλος. Ρώτησε
ακόμη μιά φορά: ≪ Ευγνωμοσύνη τάχα, ή θέληση
ευγνωμοσύνης; ≫ Κάτω απ’ το κρεβάτι του πρόβαιναν
γεροντικές οι παντόφλες του. Δε θέλησε
να τις σκεπάσει – ( ω, βέβαια, άλλοτε ). Μονάχα,
σαν έβαλε το κλειδάκι στην τσέπη του γιλέκου του,
κάθισε πάνω στη βαλίτσα του, καταμεσής της κάμαρας,
ολομόναχος, κι άρχισε να κλαίει, γνωρίζοντας,
πρώτη φορά με τόση ακρίβεια, την αθωότητά του.


かぐわしいかおりが部屋に漂っていた。記憶からやってきたかおりかも。むろん、この春の宵だ、半ば開いた窓からはいってくるのかも。詩人は自分がこれから携えてゆく品物を選り出す。大きな鏡をシーツで覆う。こうなってもまだ詩人の指にまつわって離れないのは、かつての形のよい身体の感触であり、おのれのペンの孤独な書き心地である。触角に対立はない。詩の究極の合一だ。詩人は誰をあざむこうとも思わない。おのれの命の終わりが近づいている。詩人はもう一度自問する。「 今の心境は感謝だろうか、感謝したい気持ちだろうか 」。寝台の下から詩人の古びたスリッパが覗いている。詩人はスリッパには覆いをかけないでくれという ( むろん別の時にすることだ ) 。詩人はちいさな鍵をチョッキのポケットにしまい、スーツケースに腰をおろす。部屋のまんまん中だ。ほんとうにひとりだ。詩人は嗚咽しはじめる。おのれの無垢をはじめてこのように正確に意識して。



     死 後 ΜΕΤΑ ΘΑΝΑΤΟΝ



Πολλοί τον διεκδικούσαν, διαπληκτίζονταν τριγύρω του,
μπορεί κι εξαιτίας του κοστουμιού του – παράξενο κοστούμι,
επίσημο, επιβλητικό, με κάποια χάρη ωστόσο,
με κάποιο αέρα, σαν εκείνα τα φανταστικά των θεών
όταν συναναστρέφονταν ανθρώπους – μεταμφιεσμένοι,
κι ενώ μιλούσαν τα κοινά, με κοινή γλώσσα, αιφνίδια
φούσκωνε μια πτυχή του ενδύματός τους απ’ το χνώτο
του απείρου ή του υπερπέραν – όπως λένε.


大勢が詩人に寄越せという。詩人を取り囲んで押し合い争う。詩人の上衣を狙ってのことだ。ふしぎな上衣だ。堂々とした正式の上衣なのに、どこか艶なところがあり、一風変わった味がある。神々がおしのびで死すべき人間たちとつきあう時に着たまう衣類一式の、この世ならぬ風情に通じるものだ。神と人とが共通の言語で共通の話題を語る時、にわかにその衣の襞がふくらむのは、無限定なるもの、彼岸なるものの吐息のためだというが。


Διαπληκτίζονταν, λοιπόν. Αυτός τί νά ’κανε; Του σκίσαν
ρούχα κι εσώρουχα, του σπάσαν και τη ζώνη. Απόμεινε
ένας κοινός, γυμνός θνητός, σε στάση συστολής. Οι πάντες
τον εγκατέλειψαν. Κι εκεί ακριβώς μαρμάρωσε. Μετά από χρόνια,
στη θέση αυτή ανακάλυψαν ένα περίλαμπρο άγαλμα
γυμνό, υπερήφανο, υψηλό, από πεντελίσιο μάρμαρο,
του Αιώνιου Εφήβου του Αυτοτιμωρούμενου – έτσι το αποκάλεσαν·
το σκέπασαν με μιά μακριά λινάτσα, κι ετοιμάζανε
μια τελετή πρωτοφανή για τα δημόσια αποκαλυπτήρια.


争いは続く。詩人に何ができよう。群衆は詩人の衣を裂き、下着を裂く。革帯もちぎった。取り残された詩人はただの裸の人。恥かしいその姿勢。皆あっちへ行ってしまった。まさにこの刹那に詩人は大理石に変容する。長い年月が過ぎて、大衆はここに輝かしい彫像のあるのに気づく。すっくと立った、ほこらかな、裸形の姿。パンテリオン産の大理石を刻んで作られた 「 みずからを罰する永遠の若人の像 」 だと皆は言う。皆は巻いてあるカンバスを繰り出して像を包み、除幕式がいつ始まってもよいようにする。



     遺 産 ΑΞΙΟΠΟΙΗΣΗ



Αυτός που πέθανε, ήταν, πράγματι, έξοχος,
μοναδικός· μας άφησε ένα μέτρο υπέροχο
να μετρηθούμε και προπάντων να μετρήσουμε
το γείτονά μας· – ο ένας τόσος δα
πολύ κοντός, ο άλλος στενός, ο τρίτος
μακρύς σαν ξυλοπόδαρος· κανένας
με κάποια αξία· τίποτα, μα τίποτα.
Μονάχα εμείς που χρησιμοποιούμε επάξια
αυτό το μέτρο – μα ποιό μέτρο λέτε; –
αυτό ’ναι η Νέμεσις, το ξίφος του Αρχαγγέλου,
το ακονίσαμε κιόλας, και τώρα μπορούμε
αράδα ν’ αποκεφαλίζουμε τους πάντες.


あの亡くなった詩人はほんとうに立派な詩人だった。比べるもののない優れた詩人だった。詩人が私たちに残してくれたものはさて何だろうか。それは、われわれ自身を測る絶好の物差しである。何をさておいてもわが隣人を測るにはもってこいだ。あ、この人はあの人よりも低い。とても丈が低い。この人は幅が狭い。この人は竹馬のようにひょろりと高い。誰にも何の価値もない。無だ。ないのだ。われわれだけだ。われわれはこの物差しにぴったりの使い方をした。だが、どんな物差しのつもりだ ? これこそは復讐の神ネメシス、主天使の剣である。われわれはすでに剣を研いだ。今やありとあらゆる者の首をはねることができるのだ、次々に。




1963 年 秋 アテネ ΑΘΗΝΑ, Φθινόπωρο 1963.





── Γιάννης Ρίτσος, 12 ποιήματα για τον Καβάφη (1963)



Γιάννης Ρίτσος.jpg



     単 純 性 の 意 味 Το νόημα της απλότητας



   Πίσω από απλά πράγματα κρύβομαι, για να με βρείτε・
   αν δε με βρείτε, θα βρείτε τα πράγματα,
   θ’ αγγίξετε εκείνα που άγγιξε το χέρι μου,
   θα σμίξουν τα χνάρια των χεριών μας.

   私が単純な事物の背後に隠れるのは、きみが私を見つけるようにです。
   私を見つけなくとも、何かを見つけてくれるでしょう。
   私の手が触れたものに触れて下さるでしょう。
   私たちの指紋が重なって一つになるでしょう。


   Το αυγουστιάτικο φεγγάρι γυαλίζει στην κουζίνα
   σα γανωμένο τεντζέρι ( γι’ αυτό που σας λέω γίνεται έτσι )
   φωτίζει τ’ άδειο σπίτι και τη γονατισμένη σιωπή του σπιτιού ─
   πάντα η σιωπή μένει γονατισμένη.

   8 月の月が錫のポットのように台所できらめいています。
   ( きみに語るためにこういう言い方になるのです )
   月が人の住まない家に灯をともします。家にはじっと膝まずいている静けさが ──
   静けさとはいつも膝まずいているものです。


   Η κάθε λέξη είναι μια έξοδος
   για μια συνάντηση, πολλές φορές ματαιωμένη,
   και τότε είναι μια λέξη αληθινή, σαν επιμένει στη συνάντηση.

   一語一語が入り口、
   出会いへの入り口です。でも出会いはよく邪魔されます。
   ことばが真実な時です。ことばが真実な時とは出会いを求める時ですが ── 。



   ── Γιάννης Ρίτσος, Παρενθέσεις, (1946-1947)




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2014年08月16日

◆ « Vem sentar-te comigo, ... »

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     « Vem sentar-te comigo, ... »



Vem sentar-te comigo, Lídia, à beira do rio.
Sossegadamente fitemos o seu curso e aprendamos
Que a vida passa, e não estamos de mãos enlaçadas.
( Enlacemos as mãos ).

ここに来て座っておくれ、リディアよ、川の畔に。
心静かに ぼくらの目を流れに向けて 学ぼう
人生は流れ去り、ぼくらの手も離れてしまうことを。
( いまは手に手を取ろう )。


Depois pensemos, crianças adultas, que a vida
Passa e não fica, nada deixa e nunca regressa,
Vai para um mar muito longe, para ao pé do Fado,
Mais longe que os deuses.

それから 考えよう 大人のような子どもになって
人生は流れ 何も残らず 再び戻ることもないことを
遠くにある海まで流れていき 神々も及ばぬほど遠く
<運命>の足下まで流れていくことを。


Desenlacemos as mãos, porque não vale a pena cansarmo-nos.
Quer gozemos, quer não gozemos, passamos como o rio.
Mais vale saber passar silenciosamente
E sem desassossegos grandes.

手を離そう つないでいても何の役にも立たないから。
楽しかろうがなかろうが ぼくらは川のように
過ぎ去るんだ それならば 静かに
心を騒がすことなく 過ぎゆくことを覚えよう。


Sem amores, nem ódios, nem paixões que levantam a voz,
Nem invejas que dão movimentos demais aos olhos,
Nem cuidados, porque se os tivesse o rio sempre correria,
E sempre iria ter ao mar.

愛も憎しみも 声を荒げる情熱もなく
過剰に目を燃え上がらせる嫉妬もなく 心配もなく
だって 心配したって 川はいつでも
海まで流れ 過ぎ去ってしまうのだからね。


Amemo-nos tranquilamente, pensando que podíamos,
Se quiséssemos, trocar beijos e abraços e carícias,
Mas que mais vale estarmos sentados ao pé um do outro
Ouvindo correr o rio e vendo-o.

静かに 愛し合うことにしよう ぼくらが望みさえすれば
口づけも 抱擁も 愛撫もできると考えて
だが こうして肩を並べて座っていたほうがずっとよい
川の流れを見つめ 耳を澄ましながら。


Colhamos flores, pega tu nelas e deixa-as
No colo, e que o seu perfume suavize o momento ─
Este momento em que sossegadamente não cremos em nada,
Pagãos inocentes da decadência.

人生の花を摘もう 花を受け取り 腕に抱えるがいい
花の香りがこの瞬間を甘くしてくれるだろう ──
ぼくらはデカダンスの罪のない異教徒
この瞬間 まったく平穏に 何も信じていない。


Ao menos, se for sombra antes, lembrar-te-ás de mim depois
Sem que a minha lembrança te arda ou te fira ou te mova,
Porque nunca enlaçamos as mãos, nem nos beijamos
Nem fomos mais do que crianças.

こうすれば ぼくがきみより先に影となったとき きみはぼくのことを想い出すだろう
想い出に身を焦がしたり 傷ついたり 感動することもなしに
だって 手をつないだことも 口づけを交わしたこともなく
ただ子どものように一緒だったのだから。


E se antes do que eu levares o óbolo ao barqueiro sombrio,
Eu nada terei que sofrer ao lembrar-me de ti.
Ser-me-ás suave à memória lembrando-te assim ─ à beira-rio,
Pagã triste e com flores no regaço.

先に冥途の渡し守に船賃を払うのがきみになったら
ぼくはどんな苦しい想い出にも襲われはしないだろう
優しいきみは 記憶のうちで優しいまま ── こうして川辺にいる
胸に花を抱いた 悲しい異教徒の姿で。



── Ricardo Reis





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2014年08月12日

◆ 小林 秀雄 「 こ と ば の 力 」

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 フランスにいた時、どこで買物をしても、金勘定が非常にのろいことに気づいた。日本の商人のように、そろばんを使う習慣がないからではない。そろばんを使うにも当らぬ、ごく簡単な買物の総額やら釣銭の額が、なかなか出ないのである。フランス人は、日本人に比べると、よほど暗算がへたなのである。フランス人より日本人の方が、頭がいいとか数理に長(た)けているというようなことは考えられぬ。日本人の方がカンがいいのだろうとか、フランス人の方が気持がのんびりしているのだろうとか、いろいろ理由を考えてみたが、やはり疑問は残った。ところが、先日、数学教育に関する文章を読んでいたら、この疑問が氷解した。いわれてみれば、原因は、じつになんでもないところにあった。ことばの相違からきているのである。日本人は十進法で数をかぞえるがフランス人は、そんな便利なかぞえかたを知らないのである。なるほど十に一を加えれば十一になると人間は考えざるを得ない。だから 10+1=11 という数学の記号は、日本人にもフランス人にも共通である。だがことばは違うのである。日本人が使う十一とか十二とかいうことばは、10+1, 10+2 をそのままあらわす形のことばだが、フランス人の十一、十二を意味する onze, douze ということばは、十進法の形をなしていない。どこの国の子どもでも、まず数学の記号を覚えてから、数をかぞえやしない。ことばによって数をかぞえて育つのである。この子どもの時のやりかたを、人間は、同じことばを使っているかぎり、大人になっても、おそらく脱却はできないのである。


  Où qu'il soit, où qu'il aille, l'homme continue à penser avec les mots, avec la syntaxe de son pays.

  どこにいようと、どこにいこうと、人は自分の国のことば、自分の国の語法で考えることをやめない。


  ── Roger Martin du Gard, Les Thibault : l'Été 1914 (1936)




* * *


 私は、学校でフランス語を学んだから、フランス語の本は、少しは読める。もっと勉強すれば、もっと読めるようになるだろうが、読みかた、つまり、原文を日本語に翻訳して合点するという読みかたは、決して変わらないであろう。フランス語は、決してそのままの形では、私には感じることも、理解することもできないままでとどまるであろう。私たちは、自国語をどんなふうに教えられ、勉強してきたかを考えてみればよい。たとえば、白痴ということばは、馬鹿という意味だと生徒は先生から教えられたり、辞書を引いて合点したりする。この手続きは、外国語の場合と違わない。しかし、自国語の場合では、生徒は、こんな手続きは、ことばを知るほんのきっかけに過ぎないことを、すぐさとるだろう。人々の間で白痴という学んだことばを使っていれば、白痴と馬鹿とは違う意味のことばだ、意味が違わなければ二つのことばがあるはずはない。そういうことをさとるであろう。では馬鹿ということばは、どうして学んだか。馬鹿とは知恵のたりない意味だと合点してから、馬鹿ということばを使うようになった子どもなぞいないだろう。みんな意味も知らないことばを、口まねで使ってみることから始めたのである。はたしてこれに終りがあるかどうか。


* * *


 聖書がいうように、「 初めにことばがあった [ Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ Λόγος, ... ( Κατά Ιωάννην Ευαγγέλιον ) ] 」 のである。初めに意味があったのではない。意味も知らぬことばをしゃべるのは、子どもだけだ、とおとなはのん気に考えている。だが、もし私たちが、よく意味を知っていることばだけで、お互に話そうと決心したら、世界中の人々が黙ってしまうであろう。知る前にしゃべるということが、人間がことばというものを体得する根底の方法ならば、人間が少なくとも実生活の上では、この方法を、死ぬまで繰返えさざるをえない。


  L’absurde se nomme. Le désespoir se chante. Tout vient se perdre dans les mots et y ressusciter.

  不条理は命名される。絶望はうたわれる。すべてはことばへと滅却し、ことばにおいてよみがえる。


  ── Brice Parain, Recherches sur la nature et les fonctions du langage (1942)




* * *


 私たちには、おしゃべりを軽んじ、沈黙を尊ぶ考えかたがある。「 沈黙は金だ 」 という諺(ことわざ)もあるくらいである。ところが、かつて、ある言語学者の著書を読んで、たいへんおもしろいと思ったことがあるが、未開人の社会では、沈黙は少しも美徳ではない。黙っている人間なぞは、危険人物ないしは悪人と考えられているのが普通だそうである。人に会って、「 お早う 」 も 「 今日は 」 もいわぬ人を、私たちは、せいぜい不愛想な人だとか変人だとかいうのであるが、未開人の社会では、そんな人間は、生きて行けない。殺されたって文句はないのである。したがって、未開社会でも 「 お早う 」 とか 「 今日は 」 に当たることばは、必ずあるので、いやあるどころではない、今日では考えられぬほど、そういうことばには価値があった。

 「 お早う 」 とか 「 今日は 」 ということばの意味を問われたら、私たちは、だれでも、それはほとんど意味のないことばだというだろうが、それなら、ことばの意味とは、はなはだあいまいなものになる。結局、意味ということばの取りように、考えかたに帰するである。「 お早う 」 ということばの意味を観念の上から考えれば、むなしいことばになるが、これを使う場合の、人間の態度なり、動作なり、表情などの上から考えれば、人間同士の親しみをはっきっりとあらわすことばとなるだろう。だが、普通、私たちはそうは考えない。「 お早う 」 はことばというよりもむしろ、あいさつだと考えるだろう。それほど、私たちには、ことばというものを考える場合、ことばの観念上観念上の意味を重んずる風習が身についているのである。学問や知識の発達によって、私たちの社会は、抽象的なあるいは観念的なことばの複雑広大な組織を擁しているので、生活や行動のうちに埋没し、身振りや、表情のなかに深くはいり込んで、その意味などはどうでもよくなってしまっているような低級なことばを、もはやことばとして認めたがらない。

 メラネシア [ Melanesia ] の土人は、人に会うと 「 どこからきたか [ Gawɨdaasaigɨnako ? ] 」 というそうであるが、これはもちろん、われわれの 「 今日は 」 に当たるあいさつのことばで、ことばの上だけでその意味を知ることはできない。だが、メラネシア人には、ことばの上だけで、というような考えかたは、ことばに関してできないのである。この場合、ことばの意味とはすなわち、あいさつという行動の意味だ。彼らは、社会的な実際の行動に、堅く結びついていないようなことばをもっていない。社会生活の紐帯(ちゅうたい)としてのことば、行為の一様式としてのことば以外のことばはもっていないのである。しかし、私たちの幼年期でも同じことだが、未開社会に於ける、そういうことばの性質は、ことばというものの本来の姿を示すものであって、私たちが、知らず知らずのうちに重大視している、思想だとか観念だとかの翻訳としてのことば、あるいは事物の定義としてのことばなぞは、文明の分化につれて、実際行為の様式としてのことばから派生して来たものにすぎない。


  « C’est dans et par le langage que l’homme se constitue comme sujet ; parce que le langage seul fonde en réalité, dans sa réalité qui est celle de l’être, le concept d’ ≪ ego ≫ . La "subjectivité" dont nous traitons ici est la capacité du locuteur à se poser comme “sujet”. ≫

  人間が主体として構成されるのは、言語のなかで、言語によってである。なぜなら、言語だけが、存在の現実という それ自身 ( sa ) の現実において、≪ 自我 ≫ の概念を実際に基礎づけるからである。われわれがここで扱う<主体性>というのは、話者がおのれを<主体>として立てる能力のことである。


  ── Émile Benveniste, ❝ XXI. De la subjectivité dans le langage ❞,
     Problèmes de linguistique générale, 1 (1966)




* * *


 ドガ [ Edgar Degas ] は、慰めに詩を書いていたが、ある時、マラルメ [ Stéphane Mallarmé ] に会って、詩を書くのはむずかしい、思いつきはいくらでも浮かぶのだが、といったところが、マラルメは言下に、詩は思いつきで書くのではない、ことばで書くのだ、といったそうである。この逸話は、詩人、あるいは一般にことばを扱う芸術家に対する世人の大きな誤解をはっきり語っている。まず詩的な観念があり、それをことばにしたものが詩であるという偏見である。自分だって、詩人のように豊かな感情なり、複雑な観念なりはもっているが、ただそれをことばにすることがへたなだけだ、というふうに考えるが、そういう考えかたは詩人の考えかたから最も遠いのである、詩の形式から離れた詩の内容というものはない、とは、よく言われることだが、一般には、このことは少しも徹底して理解されてはいない。なぜかというと、この考えを押し進めて行くと、一つの単語の場合でもその形と意味とは離すことができない、両者は同じものだ、ということになるはずで、これは、まことに考えにくいことだからである。ことばという箱の中に意味がはいっているようにことばには意味が含まれている、と分析的に考えるのは、凡(およ)そ物を考えるという場合、われわれに必至のやりかただからである。ところが、ことばを扱う時に詩人は、そういう考え方に、なんの興味も持たぬ、あるいは、そういう考え方に極力反抗するのである。

 詩人にとって、ことばとは、詩作という行為の為の道具なのである。従ってことばの意味を知るとは、詩の作りかたを知るということにほかならない。歌うという行為が、自らことばを生むのであり、この行為に熟練することによってしか、ことばの意味を明(あき)らめる道はないのである。このやりかたは、子どもがことばの意味を確かめて行く、あの自然なやり方と同じであって、詩人は、この素朴なやり方を、非常に複雑な精緻なことばの扱いにも、一貫して押通そうと努めるのである。


  Pour écrire, il faut déjà écrire.

  書くためには、すでに書いていなくてはいけない。


  ── Maurice Blanchot, L’Espace littéraire (1955)




  Le poète ne doit jamais proposer une pensée mais un objet, c'est-à-dire que même à la pensée il doit faire prendre une pose d'objet.

  詩人はけっして思想ではなくて物体を提出すべきである。すなわち、思想を提出するときでも、物体のようなポーズをとらせねばならない。


  ── Francis Ponge, 『 オ前ハ魚ニ泳ギヲ教エル Natare piscem doces 』 (1924)




* * *


 「 万葉 」 の詩人は日本(やまと)を、「 言霊(ことたま)の幸(さき)はふ国 」 と歌ったが、わが国にかぎらず、どこの国の古代人も、ことばには、不思議な力が宿っていることを信じていた。現代人は、これを過去の迷信と笑うことはできない。なぜかというと、この古い信仰は、私達の、ことばに対する極めて自然な態度を語っているからだ。古代人は、ことばという事物や観念の記号を信じたのではない。ことばという人を動かす不思議な力を信じたのである。物を動かすのには道具が有効であることを知ったように、人を動かすのに驚くほどの効果をあらわすことばという道具の力を率直に認め、これを言霊と呼んだのである。なるほど、呪文によって自然を動かそうとしたのは愚かであったろうが、ことばの力は、自然に対する人間の態度を変えることはできる、態度が変われば、自然が変わったのと同じ効果が上る、そういうことを知らなかったほど愚かではなかったのである。彼らにとってことばとは、現実の対象や実際の行為に、有効に働く、そういう一種の機能を持つ力であった。今日も、詩人はこの古い信仰を伝承している。



 ── 小林 秀雄 『 子どもとことば 』 昭和三十一年 (1956) 二月



  Des poèmes, des récits, pour quoi faire ? L'écriture, il ne reste plus que l'écriture, l'écriture seule, qui tâtonne avec ses mots, qui cherche et décrit, avec minutie, avec profondeur, qui s'agrippe, qui travaille la réalité sans complaisance.

  詩だの物語などを何のために作るのだろう ? エクリチュール、もはやエクリチュールしか残っていない。ことばによって手探りし、綿密にかつ深く探求し、描き、しがみつき、冷徹に現実にはたらきかけるエクリチュールだけがある。


  ── J.-M.G. Le Clézio, La Fièvre (1965)




   好 去 好 来 謌  好去(こうきょ)好来(こうらい)の歌  ( 集歌 894 )


 [ ... ] 虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理 [ ... ]

 そらみつ 大和(やまと)の国(くに)は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国(くに)と 語(かた)り継(つ)ぎ 言(い)ひ継がひけり


 ── 山上 憶良、『 万葉集 』 巻第五




◆ 語 り 継 ぎ 言 ひ 継 が ひ け り


   
   Sei das Wort die Braut genannt,
   Bräutigam der Geist.


   ことばは花嫁とよばれ、
   精神は花婿とよばれよ。


   ── Goethe, West-östlicher Divan, » Buch Hafis, Motto «



  Die Sprache ist die Mutter, nicht die Magd des Gedankens.

  ことばは思想の娘ではない、母親である。



  Die Sprache ist die Wünschelrute, die gedankliche Quellen findet.

  ことばよ、思想の鉱脈をとらえるための占い棒であれ。


  ── Karl Kraus, Pro domo et mundo
 (1912)


  Die Tiefe muß man verstecken. Wo ? An der Oberfläche.

  深さは隠さなくてはならない。どこに ? 表面に。


  ── Hugo von Hofmannsthal, Buch der Freunde (1922)





■ 福島第一原子力発電所事故
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85

■ BBC News Japanese nuclear 'slaves' at risk
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/493133.stm

ドイツ ZDF テレビ 「 福島原発労働者の実態 」
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-336.html

「 死の地域に生きる 」 原発事故後の日常
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-358.html

津波の後にヤクザが来た
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-331.html

フランス ARTE テレビ 「 福島の漁師たち 」
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-349.html

バスビー教授 「 莫大な放射能を隠蔽する原発産業 」
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-322.html

ドイツ ZDF テレビ 「 フクシマのうそ 」
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-546.html

「 ARD フクシマをめぐる日本の沈黙、嘘、隠蔽 」 和訳全文
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-552.html


フクシマ ─ 最悪事故の陰に潜む真実 : 翻訳全文
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-577.html

ドイツ ZDF 「 放射能ハンター 」 和訳全文
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-621.html

ドイツ WDR 「 希望的観測のほかには何もない原子力エネルギー 」
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-624.html

ドイツ ZDF 「 フクシマは今でも時限爆弾 」
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-713.html

ドイツ ZDF 「 フクシマの子供たちの放射線障害 」 ( 動画と全文 )
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-991.html

ドイツ公共第一放送 福島のチョウの奇形
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-914.html

ドイツ ARD、衆議院選挙の結果 = 日の丸+原子力マーク
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-1040.html

ドイツ ZDF テレビ (フクシマ ) 最悪事故から 2 年、除染・甲状腺がん
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-1170.html

ドイツ ARD「 福島原発事故による長期被害 」 チョウの奇形 ( 動画と全訳 )
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-1309.html

3SAT 放送『 国連による福島事故の無害化 』
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-1446.html

フクシマの嘘 其の弐 ( 隠ぺい・詭弁・脅迫 ) 翻訳全文
http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-1624.html



  Nur belehrt von der Wirklichkeit, können wir die Wirklichkeit ändern.

  現実から学ぶことによってのみ、われわれは現実を変えることができる。


  ── Bertolt Brecht, Die Maßnahme, Schluß



  Nicht der Einzelne verändert die Wirklichkeit, die Wirklichkeit wird von allen verändert. Die Wirklichkeit sind wir alle, und wir sind immer nur Einzelne.

  現実は個人の力では変革できない、みんなの力が必要だ。ところが現実とはわれわれ全員であり、しかもわれわれはいつだって個人に過ぎないのだ。


  ── Friedrich Dürrenmatt, Monstervortrag über Gerechtigkeit und Recht (1969)


 分別と誠実の人は単身でこっそり行き来するだけで徒党を組まないことが多い。



     « Le vierge, le vivace et le bel aujourd’hui ... »



   Le vierge, le vivace et le bel aujourd’hui

   Va-t-il nous déchirer avec un coup d’aile ivre

   Ce lac dur oublié que hante sous le givre

   Le transparent glacier des vols qui n’ont pas fui !



   けがれなく、生々として、美しい今日

   酔える翼のはばたき一つで、打ち砕かんか

   遁れ得ざりし飛翔の透明な氷河が、樹氷の下に

   憑き纏う、忘却の堅く氷りし湖を !
            ( v:1 )



   ── Stéphane Mallarmé, Plusieurs Sonnets (1855)







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2014年08月10日

◆ Epistula LXI

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  SENECA LVCILIO SVO SALVTEM

  セネカより親愛なるルーキーリウスへ

  Desinamus quod voluimus velle. Ego certe id ago < ne > senex eadem velim quae puer volui. In hoc unum eunt dies, in hoc noctes, hoc opus meum est, haec cogitatio, inponere veteribus malis finem. Id ago ut mihi instar totius vitae dies sit; nec mehercules tamquam ultimum rapio, sed sic illum aspicio tamquam esse vel ultimus possit. Hoc animo tibi hanc epistulam scribo, tamquam me cum maxime scribentem mors evocatura sit; paratus exire sum, et ideo fruar vita quia quam diu futurum hoc sit non nimis pendeo. Ante senectutem curavi ut bene viverem, in senectute ut bene moriar; bene autem mori est libenter mori. Da operam ne quid umquam invitus facias: quidquid necesse futurum est repugnanti, id volenti necessitas non est. Ita dico: qui imperia libens excipit partem acerbissimam servitutis effugit, facere quod nolit; non qui iussus aliquid facit miser est, sed qui invitus facit. Itaque sic animum componamus ut quidquid res exiget, id velimus, et in primis ut finem nostri sine tristitia cogitemus. Ante ad mortem quam ad vitam praeparandi sumus. Satis instructa vita est, sed nos in instrumenta eius avidi sumus; deesse aliquid nobis videtur et semper videbitur: ut satis vixerimus, nec anni nec dies faciunt sed animus. Vixi, Lucili carissime, quantum satis erat; mortem plenus expecto. Vale.


  私たちはもうやめよう、これまで欲してきたことをまだ欲することを。少なくとも私はそうしている。老人になっても子供のときと同じことを欲していてはいけないからね。目標は 1 つ、昼が過ぎ、夜が過ぎるあいだも、私の仕事、私の思考が昔からの欠点に終止符を打つことだ。私は一日が全生涯であるように努めている。だが、誓って言うが、最後の一日だと思って手早くつかむのではなく、これが最後の一日になるかも知れぬという思いで見ている。どんな気持ちでいま君にこの手紙を書いていると思うかね。あたかも、まさに書いている最中に死に召されようとしているかのような気持ちだ。私には逝く覚悟があるが、それでも人生を享受するだろう。なぜなら、私はいつまで享受し続けられるかに気を遣いすぎることがないから。老年になる前、私はよく生きることを心懸けた。老年になったいま、よく死ぬことを心懸けている。しかるに、よく死ぬこととは進んで死ぬことだ。決して何ひとつ本意でないことをしないように努めたまえ。どんなことでも、抵抗しているあいだに行なわれれば強制だが、君が欲するかぎりは強制ではない。つまり、こういうことだ。命令を進んで受諾する者は、隷従のもっとも辛いところ、つまり、望まぬことを行うことを免れる。命じられたことを行う人は不幸ではない。本意でないことをする人が不幸だ。だから、心の整理をつけよう。そうして、どのような事態に迫られようと、それを自分の望むところとしよう。とりわけ、私たちの終着点について悲しむことなく考えよう。私たちは生きることへの準備より先に死ぬことへの準備をすべきだ。生きるには十分な備えができているのに、私たちはなお備えを得ようとあくせくする。いまも不足があるように思い、いつまでもそう思い続ける。私たちが十分に生きたかどうか決めるのは年数や月日ではなく、魂だ。誰よりも大切なルーキーリウスよ、私が生きた人生はこれでもう十分だ。私は満ち足りて死を待ち受けている。お元気で。




  ── Lucius Annaeus Seneca, Epistulae morales ad Lucilium, Epistula LXI





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2014年08月09日

◆ « Qu’est-ce pour nous, mon cœur ... »

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■ 平成 26 年 長崎平和宣言 ■
■ http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/
■ 平和宣言 ( 11 ヶ国語 ) ■
■ http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/pdf/index.html



     « Qu’est-ce pour nous, mon cœur ... »



   Qu’est-ce pour nous, mon cœur, que les nappes de sang
   Et de braise, et mille meurtres, et les longs cris
   De rage, sanglots de tout enfer renversant
   Tout ordre ; et l’Aquilon encor sur les débris ;

   僕らにとって何だというのだ、わが心よ、この血と
   炎の海、そして千もの殺戮、憤怒の
   長く尾を曳く叫び、ありとあらゆる秩序を転覆する
   ありとあらゆる地獄の嗚咽 ── 残骸の上にいまも吹きまくる ≪ 北風 ≫ や ──


   Et toute vengeance ? Rien ! ... ─ Mais si, toute encor,
   Nous la voulons ! Industriels, princes, sénats,
   Périssez ! puissance, justice, histoire, à bas !
   Ça nous est dû. Le sang ! le sang ! la flamme d’or !

   いっさいの復讐は ? ゼロだ ! ...... ── だが、やはりいっさいに復讐を、
   僕らが望むとしたら ! 実業家、王侯貴族、上院議員、
   滅びよ ! 権力も、正義も、歴史も、くたばれ !
   これは僕らの義務だ。血だ ! 血だ ! 黄金の炎だ !


   Tout à la guerre, à la vengeance, à la terreur,
   Mon Esprit ! Tournons dans la morsure : Ah ! passez,
   Républiques de ce monde ! Des empereurs,
   Des régiments, des colons, des peuples, assez !

   すべてを戦争に、復讐に、テロに投げうて、
   わが ≪ 精神 ≫ よ ! ≪ 噛み傷 ≫ のたうとう : ああ ! 消えちまえ、
   世界中の ≪ 共和国 ≫ ! 皇帝ども、
   軍隊、植民者、民衆、うんざりだ !


   Qui remuerait les tourbillons de feu furieux,
   Que nous et ceux que nous nous imaginons frères ?
   À nous ! Romanesques amis : ça va nous plaire.
   Jamais nous ne travaillerons, ô flots de feux !

   だれが狂乱の炎の渦を揺さぶるか、
   僕らと 僕らが強大だと認める人々でないとしたら ?
   僕らのもとに来い ! ≪ ロマネスク ≫ な友よ : こういうのが好きなんだ。
   断じて僕らは働くまい、おお 火の奔流よ !


   Europe, Asie, Amérique, disparaissez.
   Notre marche vengeresse a tout occupé,
   Cités et campagnes ! ─ Nous serons écrasés !
   Les volcans sauteront ! et l’Océan frappé ...

   ヨーロッパ、アジア、アメリカ、消え失せよ。
   僕らの復讐の歩みがいっさいを占拠した、
   都市も田園も ! ── 僕らは踏み潰される !
   火山は跳びはねる ! そして大洋はうちのめされ ......


   Oh ! mes amis ! ─ Mon cœur, c’est sûr, ils sont des frères :
   Noirs inconnus, si nous allions ! allons ! allons !
   Ô malheur ! je me sens frémir, la vieille terre,
   Sur moi de plus en plus à vous ! la terre fond,

   おお ! わが友よ ! ── わが心よ、たしかに、彼らは兄弟だ :
   見知らぬ黒人たちよ、僕らが行けるものなら ! 行こう ! 行くのだ !
   なんたる不幸か ! 身震いを感じるぞ、古い大地が僕の上、
   ますますきみたちの一員となる僕の上に ! 大地が溶けるぞ、


   Ce n’est rien ! j’y suis ! j’y suis toujours.

   なんでもない ! 僕はいる ! いつもここにいる。




   ── Arthur Rimbaud




     一 芸 One Art



   The art of losing isn’t hard to master;
   so many things seem filled with the intent
   to be lost that their loss is no disaster.

   失うということは むつかしい業じゃない ──
   多くのものには失われる意図が備わっているから
   失うことは わざわいじゃない。


   Lose something every day. Accept the fluster
   of lost door keys, the hour badly spent.
   The art of losing isn't hard to master.

   毎日なにかをなくすこと。ドアの鍵がない
   という狼狽や、無にした時間を受け入れること。
   失うということは むつかしい技術じゃない。


   Then practice losing farther, losing faster:
   places, and names, and where it was you meant
   to travel. None of these will bring disaster.

   つぎには 速く 深く、なくす練習をつむこと :
   場所や、名前や、旅するつもりだった
   土地など。どれを失っても わざわいは来ない。


   I lost my mother’s watch. And look ! my last, or
   next-to-last, of three loved houses went.
   The art of losing isn’t hard to master.

   私は母の時計を喪した。それに見て ! 3 つの我家の
   最後の、いえ 最後から 2 つ目の家も なくなった。
   失うということは むつかしい芸当じゃない。


   I lost two cities, lovely ones. And, vaster,
   some realms I owned, two rivers, a continent.
   I miss them, but it wasn’t a disaster.

   私は美しい街を 2 つなくした。いいえ、もっとなくした、
   広やかに私の王国だった、2 つの河、1 つの大陸。
   なつかしいわ、だけれども わざわいは来なかった。


   ─ Even losing you ( the joking voice, a gesture
   I love ) I shan’t have lied. It’s evident
   the art of losing’s not too hard to master
   though it may look like ( Write it ! ) like disaster.

   ── あなたをなくしてなお ( 朗らかな声、いとしい
   仕草 ) 私は嘘をついたことにならない。明らかだもの、
   失うということは さして むつかしい業じゃない
   そのわざが ( 書いて Write みて ! ) わざわいに似てみえても。



   ── Elizabeth Bishop



  第 1 スタンザで 「 会得する master 」 と 「 わざわい disaster 」 が登場しますが、それらは如才なく優雅に、それでいて怨ずるように対にされています。心配することはないですよ、と、語り手は非常に礼儀正しく、読者を安心させています。もはや共感する必要もないし、何か言わなければならないと思って悶々とすることもありません。しかし、最後に同じ組み合わせで押韻がなされるとき、トラウマ [ τραῦμα ] をもたらすようなショッキングな現実が [ 詩という ] 形式からあふれだしてくるようです。現実は大いに憂慮すべき事態だったわけです。それも、筆舌に尽くしがたいほど破壊的に悲惨なものだったのです。

  しかし、詩はうまくこの大惨事を切り抜けます。「 会得する master 」 という動詞が 「 わざわい disaster 」 という名詞と対になって押韻していることにより、バランスが保たれています。均衡を保つ秘訣は括弧内の言葉 「 書いてみて ! Write it ! 」 に示されています。ビショップの作品ではよくあることですが、括弧というものは ( 読者に聞く耳があれば ) 真実が聞こえてくる場所なのです。そして 「 一 芸 One Art 」 の括弧のなかの言葉が僕たちに伝えてくれるのは、僕たちが日常生活のなかでごく当たり前に経験していながら、この作品を読むまで気づかないこと、つまり、書くという行為が生きるという行為と同種であるということです。

  タイミングよく現われる命令形 ── 「 書いてみて ! Write it ! 」 に含まれる掛詞、そして [ master と disaster という ] 結びの押韻に一瞬見られる調和のなかで、僕たちは、意図的に表現された音が持つ、困難を解決する力を経験するのです。「 わざわい disaster 」 は、「 会得する master 」 という単語と感情的、音声的に合致した時点で、姿を消してしまうのです。

  ビショップはつねに、詩を僕たちが生活を楽しむ手助けをしてくれるレヴェルから、人生に耐える手助けをしてくれるレヴェルまで引き上げようとしてきたのです。




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2014年08月08日

◆ Mémoires d'Hadrien

Hadrian_realizat_de_Valeriu_Pantazi.jpg



   Animula, vagula, blandula,

   Hospes comesque corporis,

   Quae nunc abibis in loca

   Pallidula, rigida, nudula,

   Nec, ut soles, dabis iocos ...



   ─ P. Ælius Hadrianus, Imp.


   さまよえる いとおしき魂よ

   汝(な)が客なりしわが肉体の伴侶よ

   汝(なんじ)はいまこそ辿り着かんとする

   青ざめ こわばり 露わなるあの場所に

   昔日の戯れも もはやかなわで ......


   ── 皇帝アエリウス・ハドリアヌス

THERMAE ROMAE.jpg


   Quae nunc abibis in loca [ , ]

   Pallidula, rigida, nudula,

   Nec, ut soles, dabis iocos ...



   汝(なんじ)はいまあの場所に行き着かんとする

   青ざめ こわばり 裸になりて

   昔日の戯れも もはやかなわで ......



  ANIMULA VAGULA BLANDULA

  さ ま よ え る い と お し き 魂



  Mon cher Marc,

  いとしいマルクスよ

  Je suis descendu ce matin chez mon médecin Hermogène, qui vient de rentrer à la Villa après un assez long voyage en Asie. L’examen devait se faire à jeun : nous avions pris rendez-vous pour les premières heures de la matinée. Je me suis couché sur un lit après m’être dépouillé de mon manteau et de ma tunique. Je t’épargne des détails qui te seraient aussi désagréables qu’à moi-même, et la description du corps d’un homme qui avance en âge et s’apprête à mourir d’une hydropisie du cœur. Disons seulement que j’ai toussé, respiré, et retenu mon souffle selon les indications d’Hermogène, alarmé malgré lui par les progrès si rapides du mal, et prêt à en rejeter le blâme sur le jeune Iollas qui m’a soigné en son absence. Il est difficile de rester empereur en présence d’un médecin, et difficile aussi de garder sa qualité d’homme. L’oeil du praticien ne voyait en moi qu’un monceau d’humeurs, triste amalgame de lymphe et de sang. Ce matin, l’idée m’est venue pour la première fois que mon corps, ce fidèle compagnon, cet ami plus sûr, mieux connu de moi que mon âme, n’est qu’un monstre sournois qui finira par dévorer son maître.


  今朝わたしは侍医のヘルモゲネスのもとへ行った。彼はかなり長いあいだアジアへ旅して、このほどヴィラ [ Villa Adriana ] へもどったばかりなのだ。検査の前に食事をとってはならないので、朝早く会うように時間がきめてあった。わたしは外套(マント)と寛衣とを脱いで寝台に横たわった。そなたにとってもわたし自身にとっても同様に不愉快な事の次第を詳しく述べたてたり、年老いて心臓水腫のために死に瀕した男の肉体の描写をするのは控えておく。ただ、ヘルモゲネスの指示に従ってわたしが咳をしたり、息を吸いこんだり、また息をとめたりしたこと、彼が病勢の進行の速さに思わず愕然として、彼の不在中わたしをみとっていた若いイラオスを非難せんばかりであったことだけを語っておこう。医師の面前で皇帝たるは難い。人間としての資格を保つこともむずかしい。職業的な目はわたしのなかに、体液のかたまり、リンパ液と血液のあわれな混合物をしか見ていなかった。今朝、こんな考えが、はじめて心に浮かんだ ── 肉体、この忠実な伴侶、わたしの魂よりもわたしのよく知っている、魂よりもたしかなこの友が、結局はその主(あるじ)をむさぼりつくす腹黒い怪物にすぎないのではないかと。



  VARIUS MULTIPLEX MULTIFORMIS

  多 様 多 種 多 形


  Je serai jusqu'au bout reconnaissant a Scaurus de m'avoir mis jeune a l'etude du grec. J'etais enfant encore lorsque j'essayai pour la premiere fois de tracer du stylet ces caracteres d'un alphabet inconnu : mon grand depaysement commencait, et mes grands voyages, et le sentiment d'un choix aussi delibere et aussi involontaire que l'amour. J'ai aime cette langue pour sa flexibilite de corps bien en forme, sa richesse de vocabulaire ou s'atteste a chaque mot le contact direct et varie des realites, et parce que presque tout ce que les hommes ont dit de mieux a ete dit en grec. [ ... ] Il en va de meme de nos choix personnels : du cynisme a l'idealisme, du scepticisme de Pyrrhon aux reves sacres de Pythagore, nos refus ou nos acquiescements ont eu lieu deja ; nos vices et nos vertus ont des modeles grecs. Rien n'egale la beaute d'une inscription latine votive ou funeraire : ces quelques mots graves sur la pierre resument avec une majeste impersonnelle tout ce que le monde a besoin de savoir de nous. C'est en latin que j'ai administre l'empire ; mon epitaphe sera incisee en latin sur les murs de mon mausolee au bord du Tibre, mais c'est en grec que j'aurai pense et vecu.


  幼いころからギリシア語の勉強をさせてくれたことについてわたしはスカウルスに死ぬまで感謝の念をもちつづけるだろう。はじめて未知のアルファベットの文字を鉄筆でたどろうと試みたのはわたしがまだほんの子供のときであった。そしてそのとき以来、わたしの心は異郷に遊ぶことを知り、わたしのかずかずの大旅行がはじまったのだ。恋愛と同様、何ものにも妨げられぬ、また、意志とかかわりのないある選択の感情が、このときから湧き起ったのだ。わたしは姿美しい肉体のような柔軟さと、おのおのの語が現実との直接なさまざまの接触を証拠だてているその語彙の豊富さゆえに、ギリシア語を愛した。また、およそ人間の語ったもっともよき言葉が、ほとんどすべてギリシア語で語られているゆえに、この言語を愛した。[ ... ] われわれの個人的な選択についても同じことがいえる : 犬儒主義(シニスム)から理想主義、フィロンの懐疑主義からピタゴラスの神聖な夢想にいたるまで、われわれの拒否もしくは同意はすでにギリシア人によってなされており、われわれの悪徳や美徳はギリシアに範を仰いでいる。ラテン語の奉献文や埋葬の碑銘の美に比肩しうるものはない。石に刻まれたそれらの数語は、非個人的な荘厳さで、われわれについて世界が知る必要のあるすべてのことを要約している。わたしが帝国を統治してきたのもラテン語によってであるし、わたしの墓碑銘も、ティベリス河畔のわたしの霊廟の壁面に、ラテン語で刻まれるであろう。しかしわたしが考え、かつ生きるのは、ギリシア語によってであろう。



   Для чего я лучшие годы
   Продал за чужие слова ?


   どうしてぼくは、最良の年月を
   異邦の<ことば>のために売りわたしたのか ?


   ── Арсений Тарковский 「 翻 訳 者 ПЕРЕВОДЧИК




  DISCIPLINA AUGUSTA

  厳 し い 修 練


  Natura deficit, fortuna mutatur, deus omnia cernit. La nature nous trahit, la fortune change, un dieu regarde d’en haut toutes ces choses. Je tourmentais à mon doigt le chaton d’une bague sur laquelle, par un jour d’amertume, j’avais fait inciser ces quelques mots tristes ; j’allais plus loin dans le désabusement, peut-être dans le blasphême ; je finissais par touver naturel, sinon juste, que nous dussions périr. Nos lettres s’épuisent ; nos arts s’endorment ; Pancratès n’est pas Homère ; Arrien n’est pas Xénophon ; quand j’ai essayé d’immortaliser dans la pierre la forme d’Antinoüs, je n’ai pas trouvé Praxitèle. Nos sciences piétinent depuis Aristote et Archimède ; nos progrès techniques ne résisteraient pas à l’usure d’une longue guerre ; nos voluptueux eux-mêmes se dégoûtent du bonheur. L’adoucissement des mœurs, l’avancement des idées au cours du dernier siècle sont l’œuvre d’une infime minorité de bons esprits ; la masse demeure ignare, féroce quand elle le peut, en tout cas égoïste et bornée, et il y a fort à parier qu’elle restera toujours telle. Trop de procurateurs et de publicains avides, trop de sénateurs méfiants, trop de centurions brutaux ont compromis d’avance notre ouvrage ; et le temps pour s’instruire par leurs fautes n’est pas plus donné aux empire qu’aux hommes. Là où un tisserand rapiécerait sa toile, où un calculateur habile corrigerait ses erreurs, où l’artiste retoucherait son chef-d’œuvre encore imparfait ou endommagé à peine, la nature préfère repartir à même l’argile, à même le chaos, et ce gaspillage est ce qu’on nomme l’ordre des choses.


  « Natura deficit, fortuna mutatur, deus omnia cernit. » 「 自然は裏切り、運命はうつろい、神はすべてを高所よりながめたもう 」。苦い思いに沈んだある日、わたしはこの悲しい数語を指輪の石に刻ませておいたのだが、その石をいまわたしは指でいじりまわしていた。幻滅と、それから、たぶん冒瀆のなかに深入りして、われわれが滅びるのは正しいとはいわぬまでも当然なのだと考えるにいたっていた。われわれの文学は汲み尽され、芸術も眠りに落ちつつある。パンクロテスはホメロスではなく、アリアヌスはクセノフォンではない。アンティノウスの姿を石のなかに不滅ならしめようとしたとき、プラクシテスは見つからなかった。われわれの科学はアリストテレスとアルキメデス以後、停滞をつづけている。技術上の進歩も、一回の長い戦争の損耗に抗しうるものではあるまい。われわれの内の享楽的な人間でさえもが、快楽に嫌悪をもよおしている。最近一世紀間における風俗の醇化と思想の進歩は、ほんのひとにぎりのすぐれた精神たちの仕事であって、大衆は依然として無知で、そうなりうるときには凶暴で、いずれにしても利己的で、視野が狭い。そして大衆とは将来も常にこのとおりなのだと賭けておくほうが勝ち目がある。あまりにも多くの貪欲な地方代官や収税入が、あまりにも多くの残忍な百人隊長が、あまりにも多くのいかがわしい元老議員が、われわれの事業をまえもってあやういものにしてしまった。そして彼らの過ちから教訓を得る時間は、人間に与えられていないと同様、国家にも与えられていない。織工ならば布地を補修し、熟練した計算者ならば誤算を正し、芸術家ならばまだ不完全な、あるいはほんの少しいたんだ彼の傑作に手を入れるところを、自然は粘土そのものから、混沌そのものから、再出発するほうをえらぶ。そしてこの乱費こそ、人が事物の秩序と呼ぶところのものなのである。


  

  J’acceptais de me livrer à cette nostalgie qui est la mélancolie du désir. J’avais même donné à un coin particulièrement sombre du parc le nom de Styx, à une prairie semée d’anémones celui de Champs Elysées, me préparant ainsi à cet autre monde dont les tourments ressemblent à ceux du nôtre, mais dont les joies nébuleuses ne valent pas nos joies.


  欲望の憂愁であるあの郷愁にわたしは甘んじて身をゆだねていた。庭園のなかの格別に陰気な一隅に « スティクス » の名を与え、アネモネの花咲く緑野には、« エリジウムの野 » の名を与えさえした。こうすることによって、その苦しみは地上の苦しみに似ているが、その曇ったよろこびは地上のよろこびに劣る、他の世界への心準備をしていたのである。



  Tu Marcellus eris … Je me redisais les vers de Virgile consacres au neveu d'Auguste, lui aussi promis a l'empire, et que la mort arreta en route. Manibus date lilia plenis … Purpureos spargam flores … L'amateur de fleurs ne recevrait de moi que d'inanes gerbes funebres.


  Tu Marcellus eris … ( 汝マルケルスとならましものを … ) アウグストゥスの甥に捧げられたウェルギリウスの詩句をわたしは心にくり返した。彼もまた帝国を約束され、死によって挫折したのである。Manibus date lilia plenis … Purpureos spargam flores … ( 両手にあふれんばかりの百合をわれに与えよ … 赤き花々を撒かしめよ … ) 花を愛する者ははかないとむらいの花束しかわたしから受けとらぬであろう。



  PATIENTIA

  忍 耐



  Petite ame, ame tendre et flottante, compagne de mon corps, qui fut ton hote, tu vas descendre dans ces lieux pales, durs et nus, ou tu devras renoncer aux jeux d'autrefois. Un instant encore, regardons ensemble les rives familieres, les objets que sans doute nous ne reverrons plus … Tachons d'entrer dans la mort les yeux ouverts …


  小さな魂、さまよえるいとおしき魂よ、汝(な)が客なりしわが肉体の伴侶よ、汝(なんじ)はいま、青ざめ、硬く、露わななるあの場所、昔日の戯れをあきらめねばならぬあの場所へ降りて行こうとする。いましばし、共にながめよう。この親しい岸辺を、もはや二度とふたたび見ることのない事物を ...... 目をみひらいたまま、死のなかに歩み入るよう努めよう ......




  ── Marguerite Yourcenar, Mémoires d'Hadrien (1951)



■ Mémoires d'Hadrien ■
■ http://youtu.be/aafDzs_jssA




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◆ 井 戸

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     井 戸



   老詩人は紅茶のレモンをすくいながら

   イノチのはなしをした

   イノチはとほうもなく古くて長い

   しかしあなたのイノチははじめからみじかい

   生まれてしまったからである

   あなたは井戸ではなくてバケツである

   水はかわいた音をたてる

   イノチの窓の外で

   イノコヅチの実がこぼれる

   男は女の中をくぐって

   バケツから顔を出すだろう

   舗道の上で

   秋の姉がホオカムリして

   うしろむきに立っている

   あなたはもうじき死ぬ身だ

   そして雑巾をゆすいだあとの水のようにすてられる

   ( 彼はレモンのカスをすてる )

   それだけがほんとうだ

   契約が切れると

   ツルベは井戸の底に落ちる

   世界は急にケチンボになる

   老詩人の耳の

   六角の穴の中で

   秋の蜜蜂がうなっている





   ── 多田 智満子 『 贋の年代記 』 (1972)




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2014年08月07日

◆ カ イ ロ ス の 唄

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     カ イ ロ ス の 唄



   眼をすえ 唇をかみしめ

   わたしは通りすぎる

   不動の万象の間を



   たれもわたしの近づくのを知らない

   長い髪をなびかせて

   わたしはひとつの速さである



   むしろひとつのずれてゆく距離である

   過ぎ去ったあとで人はわたしに心づき

   うしろからよびかけてくる



   わたしはふりむかない

   わたしは足をとどめない

   いかなる哀切の呼び声にも決して



   人は思う このすばやいあゆみには

   つまづきがないのであると

   わたしはしかし私のあわれみ深さに愕然とする



   足をはやめてわたしは過ぎる

   万象のなかに

   悔恨だけをよび起しながら



   けれども人は知らない

   好運( カイロス [ Καιρός ] )の名あるわたし自身が

   ひとつのはしりゆく悔恨であるのを




     わ た し



   キャベツのようにたのしく

   わたしは地面に植わっている。

   着こんでいる言葉を

   ていねいに剥がしてゆくと

   わたしの不在が証明される。

   にもかかわらず根があることも ......




   ── 多田 智満子 『 花火 』 (1956)



■ A Great Big World & Christina Aguilera - Say Something ■
■ http://youtu.be/-2U0Ivkn2Ds

■ Imagine - John Lennon ■
■ http://youtu.be/dq1z1rkjw-E


   想像してごらん 天国なんてないんだと
   やってみれば かんたんだろ
   下に地獄もないんだ
   上にはただ空がひろがっているだけ
   想像してごらん
   みんないま<このとき>を生きているのを ......


   想像してごらん 国境なんてないんだと
   むつかしくないだろ
   殺したり死んだりする理由もないんだ
   宗教もないんだ
   想像してごらん
   みんな平和に暮らしているのを ......


   僕のことを夢追い人だと思うかもしれない
   でも僕ひとりじゃないんだ
   君もいつの日か夢追い人になってくれ
   そうすれば 世界はひとつになる


   想像してごらん 財産なんてないんだと
   君にできるかな
   欲ばったり飢えたりする必要もないんだ
   みんな兄弟なんだから
   想像してごらん
   みんなで世界を共有しているのを ......


   僕のことを夢追い人だと思うかもしれない
   でも僕ひとりじゃないんだ
   君もいつの日か夢追い人になってくれ
   そうすれば 世界はひとつになる






posted by Den ärliga bedragaren at 13:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月06日

◆ Imagine

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     死 ん だ 太 陽



   ぴかぴか光るしずくをたらして

   這いあがってきた子供

   まだしわのよっていない世界に



   子供はでんぐりがえりする

   砂時計がひっくりかえる

   あたらしい時が開始される



   子供は星をひろって石投げをする

   太古の魚がひれをふって笑い

   しぶきははねかえって神さまの足をぬらす



   ............

   やがて子供は大きくなる

   記憶で重たくなって



   足跡でいっぱいになる世界

   あくびして

   子供はどこかへ行ってしまう

   ポケットに死んだ太陽をつっこんだまま




   ── 多田 智満子 『 薔薇宇宙 』 (1964)




   時間は絶えず形相を問うが

   空間は資料によってしか答えない

   うしろから私を祝う黒い私の影を曳きながら

   私はもう来てしまったのである

   どうして行ってしまわないことがあろう



   ── 同上 「 」 末尾



■ Jimi Hendrix - The Stars That Play With Laughing Sam's Dice ■
■ http://youtu.be/Ck7kmTvA-5w
■ The Doors - The Crystal Ship ■
■ http://youtu.be/eMbMaz-mwJo
■ Beatles - "Lucy In the Sky With Diamonds" Lost Jeremy Verse ■
■ http://youtu.be/NXXkq7l-wZg



     薔 薇 宇 宙



   一輪の薔薇 ── 花芯を軸に旋回しひらきつづけるこの宇宙

   濃密な紅い闇からもがき出て

   七重八重 天国的稀薄さに向ってひろがりやまぬはなびら

   そして 突 然 薔薇の奥から

   発生する竜巻



   ── 言葉は咢(がく)のように花を包んでいたが

   遂に耐えきれず張り裂け

   そりかえって泣く

   ( 充血した花弁の複眼 ! )



   薔薇の内臓はとぐろ巻く蛇

   花咲く鱗(うろこ)のきらめき

   くすぶりはじめる花粉のにおい

   ( 繁殖する太陽の黒点 )



   この花芯に埋葬された幾千万もの死者は

   整然と重なりあったまま扇のようにひろげられ

   徐々に血色をとりもどしながら ひとりひとり立ちあがってゆく



   ゆらめく波の隠微な襞から湧き出て

   いっせいに肉色の環礁をよじのぼる

   珊瑚虫の大群 !

   このひろがりやまぬ薔薇宇宙のただなか

   いかなる存在が衡器たりうるか

   ( 花粉にまみれた魂のまえに

   みがきあげた青銅の鏡を立てよ )



   私から産まれ私を産みつづけるこの花

   色彩の音階をふみしめながら螺旋階段をたどるとき

   私の髪のくさむらからはおびただしい蝶が飛び立ち

   眼はあまりの香気に盲(めし)いる

   そして蜘蛛が

   放射状に脚をひろげた巨大な蜘蛛が 私の上におおいかぶさる



   おお竜巻よ あらゆる船をのめらせ

   紫の深淵に吸いこむ漏斗

   ゆるやかに旋回するうちに

   空中の魚群めがけて

   わっと一度にひろがる投網 !



   そして成就された闇のなか

   しおれた言葉をふるい落した薔薇は

   黎明に向ってぐらりと傾いた天秤座の上に立ちあがり

   すべての花弁を震わせて咆哮した




   ── 同上   





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2014年08月02日

◆ Taeko Tomioka ( 富岡 多惠子, Tomioka Taeko )

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きみの物語はおわった

ところできみはきょう

おやつになにを食べましたか




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     女 友 達



   となりの

   二号さんがお経をよむ

   ひるさがりに

   ロバのような動物が

   窓のしたを通るのを見た

   それをカーテンのすきまから見た

   いつもカーテンのすきまから

   あたしに逢いにくる女のひとがいるのに

   今日はまだこない

   ジョウゼットでできた

   安南人のようなきものをきて

   男好きのする腰つきで

   かの女はくる約束をした

   今日はまだこないので

   今日死んだのかもしれない



   このまえ

   かの女と旅をしたら

   田舎のコットウ屋で

   ドイツかどこかの古い木版画を

   ほしがったことがある

   田舎の宿で

   あたしはかの女の

   ブリジッドバルドウのような

   もりだくさんの髪の毛を

   はじめてかきむしることができた

   ふたりは踊った

   いつまでも

   からくれないの頬よせて

   ウインのワルツを踊った

   透明のかの女の

   楽天的な詩想が

   ときたま汗のようにこぼれる

   のをあたしは泪とまちがえたい



   かの女は今日こない

   となりの二号さんのように

   まひるから声をあげて

   祈るのである

   かの女は

   こない約束はしなかった

   往ける者

   往ける者よ




   ── 『 女 友 達 』 (1964)



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     水 い ら ず



   あなたが紅茶をいれ

   わたしがパンをやくであろう

   そうしているうちに

   ときたま夕方はやく

   朱にそまる月の出などに気がついて

   ときたまとぶらうひとなどあっても

   もうそれっきりここにはきやしない

   わたしたちは戸をたて錠をおろし

   紅茶をいれパンをやいて

   いずれ

   あなたがわたしを

   わたしがあなたを

   庭に埋める時があることについて

   いつものように話しあい

   いつものように食物をさがしにゆくだろう

   あなたかわたしが

   わたしかあなたを

   庭に埋める時があって

   のこるひとりが紅茶をすすりながら

   そのときはじめて物語を拒否するだろう

   あなたの自由も

   馬鹿者のする話のようなものだった




   ── 『 女 友 達 』 (1964)



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« 物語のようにふるさとは遠い » 作曲 : 坂本 龍一 (1976)



   物語のようにふるさとは遠い

   みんな知らないヒトばかり

   知らないヒトと恋に落ち

   物語のように恋は終る


   Το σπίτι μου είναι μακρινό σα μια ιστορία
   Όπου κανείς κανέναν δεν γνωρίζει
   Οι άνθρωποι ερωτεύονται μ’ αγνώστους
   Κι ο έρωτας τελειώνει, σα μια ιστορία



   物語のようにふるさとは遠い

   想い出すのは死んだヒトばかり

   生きてるヒトには怨みがのこる

   帰りたくないふるさとへ


   Το σπίτι μου είναι μακρινό σα μια ιστορία
   Υπάρχει μόνο μες στις σκέψεις των νεκρών
   Που έχοντας θυμό γι’ αυτούς που ζούνε
   Δεν εύχονται να επιστρέψουν σπίτι πια



   物語のようにふるさとは遠い

   みんな死んだら一人で帰る

   腕にいっぱい花を抱えて帰る


   Το σπίτι μου είναι μακρινό σα μια ιστορία
   Όπου όλοι, σαν πεθάνουν, επιστρέφουν μοναχοί
   Με τα χέρια τους γεμάτα από λουλούδια




Áo dài [1].jpg



     静 物



   きみの物語はおわった

   ところできみはきょう

   おやつになにを食べましたか

   きみの母親はきのういった

   あたしゃもう死にたいよ



   きみはきみの母親の手をとり

   おもてへ出てどこともなく歩き

   砂の色をした河を眺めたのである

   河のある景色を眺めたのである



   柳の木を泪の木と仏蘭西ではいうのよ

   といつかボナールの女はいった



   きみはきのういったのだ

   おっかさんはいつわたしを生んだのだ

   きみの母親はいったのだ

   あたしゃ生きものは生まなかったよ




   ── 『 女 友 達 』 (1964)




   [ ... ]

   残った書類はとじよ。

   生者が生者に送る結び文。

   小おんなが袖にかくして

   竹垣のもと

   ひっそりと走るだろう。

   今夜いらっしゃいという返りの文。

   おお

   なんたる優雅。

   なんたる幽玄。

   今夜おいでなさいまし。

   たかまる胸。

   ふるえるおもい。

   恋のうたかた。

   きぬぎぬなるぞかなしき。




   ── 『 物語の明くる日 』 (1961)






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